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【旧ロシア領事館の歴史】1858年のロシア進出から1908年の再建まで

玲奈 水無瀬 玲奈 水無瀬 • 更新: • 公開: • 読了約 24 分
目次

旧ロシア領事館の歴史を理解するには、建物が完成する半世紀前までさかのぼる必要がある。

函館は1854年の日米和親条約によって開港され、ロシアとの交流も急速に進んだ。1858年(安政5年)には初代ロシア領事ゴシケーヴィチが着任し、函館におけるロシア外交の拠点が整えられていった。

ロシア領事館が函館に置かれた理由

当初、ロシア側は実行寺に領事館を置き、1860年(万延元年)には現在の函館ハリストス正教会の敷地内に領事館を建設した。

しかし、1865年に隣接するイギリス領事館から発生した火災によって建物が類焼。その後は臨時の事務所を設けるなど、安定した外交拠点を確保できない時期が続いた。

転機となったのは、明治時代に入ってからの北洋漁業の発展である。

当時の函館では、ロシア領海で操業する日本人漁業者が増加していた。漁業に関する規制や許可、船舶関係の手続きなどを担う領事館の存在は、函館の経済にとっても大きな意味を持っていた。

函館市文化財保護審議会の建物調査資料でも、領事館は査証の発給だけでなく、函館の政財界とロシア領事との交流の場として機能していたと評価されている。

つまり、旧ロシア領事館は単なる外国公館ではなく、函館の貿易・漁業・国際交流を支えた重要な施設だったのである。

リヒャルト・ゼールが設計した領事館


(Richard Seel)

ドイツ出身の建築家。明治政府の依頼で来日し、エンデ&ベックマン建築事務所の全権委任者として活動した後、横浜に設計事務所を構えた。

1902~1903年、領事館の設計案を検討する過程では、イギリス人建築家ジョサイア・コンドルやロシア軍のヤジコブ大佐による案も検討された。

最終的に採用されたのがゼールの設計だった。

1903年7月に建設工事が始まったものの、1904年2月の日露戦争勃発によって工事は中断。在函ロシア人や建設に携わっていた日本人大工まで函館から退去する事態となった。

1906年5月に副領事が函館に戻り、同年6月に工事を再開。12月には建物が完成し、領事館としての業務が始まった。

ところが、完成からわずか8か月後の1907年8月、函館大火によって建物は焼失してしまう。

なぜ1908年に再建されたのか?

1908年(明治41年)の再建は、領事館の外交上の重要性と建物の必要性が背景にあった。

函館の佐藤誠が施工を請け負い、ゼールの設計図をもとに、焼失前とほぼ同じ形で再建工事を実施。同年12月末に現在の建物が完成した。

ここで押さえておきたいのは、現在見られる建物は1906年に完成した初代の現所在地の建物そのものではないという点だ。

現在の旧ロシア領事館は、1907年の大火後に再建された3代目の領事館にあたる。

函館市の調査資料によると、帝政ロシア末期にロシア政府の官費で建設された領事館として、日本国内に現存する唯一の建造物と評価されている。

【旧ロシア領事館の歴史年表】ソ連領事館から道南青年の家まで

旧ロシア領事館

領事館の役割は、ロシア帝国時代だけで終わったわけではない。

1917年のロシア革命を経て、1925年にはソビエト連邦の領事館として引き継がれた。国の体制が変わっても、函館における外交施設としての役割は続いていたのである。

その後、第二次世界大戦末期の1944年に閉鎖。戦後は日本側の施設として再利用されることになった。

旧ロシア領事館の変遷一覧
年代 出来事・役割 1858年 初代領事ゴシケーヴィチが函館に着任 1860年 現在のハリストス正教会敷地内に領事館を建設 1865年 イギリス領事館からの火災で類焼 1903年 船見町で新領事館の建設開始 1904年 日露戦争の勃発で工事中断 1906年 工事再開、12月に領事館完成 1907年 函館大火で建物が焼失 1908年 ゼールの設計図をもとに再建。現存する建物が完成 1925年 ソビエト連邦領事館として使用 1944年10月1日 領事館閉鎖 1964年 函館市が外務省から建物を購入 1965年 函館市立道南青年の家として利用開始 1996年 道南青年の家としての機能を終了 2021年3月 株式会社ソヴリンへ所有権移転 2023年3月 ホテルへの改修工事開始 2025年7月12日 HOTEL白林HAKODATE開業

出典:函館市文化財保護審議会の建物調査資料、函館市の活用事業資料、ホテル運営会社の発表。

1944年、ソ連領事館が閉鎖された背景

1925年にソ連領事館となった旧ロシア領事館は、太平洋戦争末期の1944年10月1日に閉鎖された。

最後の領事ザベーリエフが本国に引き揚げたことに伴うもので、これによって約40年にわたる現所在地での領事館としての歴史に区切りがついた。

現在の建物を考えるうえで興味深いのは、ロシア帝国からソ連へと国の体制が変わっても、同じ建物が外交の拠点として使われ続けたことだ。

建物そのものが、20世紀前半の国際関係の変化を記録している。

函館市立道南青年の家としての約30年間

1964年、函館市は外務省から旧領事館を購入し、改修を実施した。

翌1965年5月からは「函館市立道南青年の家」として運営され、青少年の宿泊研修施設に生まれ変わった。

利用対象は函館市内だけでなく、近隣町村の青少年にも及んだ。

函館市の建物調査資料によれば、年間利用者は1万人以上。約30年間にわたって地域の教育・交流を支えた施設だった。

1996年7月、函館市青少年研修センターの開館に伴って道南青年の家としての機能は終了した。その後は市が活用方法を検討する時期が続く。

【建築様式と見どころ】赤レンガと和洋折衷が生み出す独特の美しさ

旧ロシア領事館を訪れた人が最初に目を奪われるのは、赤レンガの壁面と白い装飾の鮮やかな対比だろう。

函館市の建物調査資料では、建築様式はドイツ・ネオ・バロック様式を基調とし、ネオ・ルネッサンス様式や日本的な意匠を組み合わせた混合様式と説明されている。

単純な西洋建築でも、伝統的な日本建築でもない。複数の文化が融合したところに、この建物の個性がある。

1. 赤レンガと白い石積み風装飾

外壁にはイギリス積みの赤レンガが使われている。

1階の建物の隅には、レンガ表面を削り、モルタルを重ねて白く塗装した石積み風の装飾が施されている。

白い装飾が建物の輪郭を際立たせ、重厚なレンガ造りに立体感を与えている。

2. 玄関の唐破風と西洋風の柱

特に注目したいのが正面玄関のポーチだ。

西洋風の柱や組物に、日本建築で使われる唐破風を組み合わせている。

外国人建築家が設計した建物に、日本の伝統的な屋根の形が取り入れられている点は興味深い。

函館という開港都市の国際性を象徴する意匠といえる。

3. ハーフティンバー風の装飾

正面上部には、木造建築の骨組みを見せるハーフティンバー風の意匠が取り入れられている。

また、ハンマービームを模した装飾も確認できる。

こうしたデザインは、ドイツをはじめとするヨーロッパの建築文化との関係を感じさせる部分だ。

4. 函館港を望むサロン

建物内部で重要なのが、函館港を一望できるサロンである。

木製建具と格子状のガラス窓によって、港側に開放感のある空間がつくられている。

また、内部にはアカンサス模様の木柱、階段の装飾、漆喰のモールディング、アール・ヌーヴォー風の照明器具など、建築当時の雰囲気を伝える部材が残されてきた。

ホテルへの改修では、こうした歴史的な空間の魅力を生かすことが重要なテーマになった。

函館市の景観形成指定建築物に選ばれた理由

旧ロシア領事館は、函館市都市景観条例に基づく景観形成指定建築物等に位置付けられている。

函館市の資料では、指定日は1989年3月1日とされている。

評価の対象となっているのは、単なる築年数の古さではない。

- 帝政ロシア時代の外交施設としての歴史的価値
- 外国人建築家と函館の職人による建築技術
- 西洋建築と日本建築の意匠の融合
- 函館港を望む歴史的景観との一体性

特に、ゼールが設計した建物のうち現存するものが少ない点も、学術的な価値を高めている。

旧ロシア領事館は、函館の歴史的景観を形成する重要な建築遺産なのである。

【2026年最新】旧ロシア領事館の現在はHOTEL白林HAKODATE

2026年現在、旧ロシア領事館は「HOTEL白林HAKODATE(ホテル白林)」として営業している。

歴史的な建物をそのまま保存するだけでなく、宿泊・食事・ウェルネスを組み合わせた施設として再生された。

開業日は2025年7月12日(土)。運営するのは愛知県名古屋市に本社を置く株式会社ソヴリンだ。

旧ロシア領事館がホテルになるまで

ホテルへの再生計画は、函館市が民間事業者を対象に実施した活用事業プロポーザルから始まった。

2021年2月、審査委員会によって株式会社ソヴリンが最適提案者に選ばれ、同年3月1日に売買契約を締結。3月9日に所有権が移転した。

売買代金は3,000万円だった。

その後、2023年3月に本格的な改修工事が始まる。

当初の計画から工事に時間を要した背景には、建物の老朽化があった。函館市の2024年12月の資料によれば、建物調査や工事の過程で、想定していなかった構造材などの腐朽が見つかり、対応方法の検討や建築計画の変更に時間が必要となった。

利用開始期限は2025年3月8日から同年9月30日へ延長されたが、実際には同年7月12日にホテルがグランドオープンしている。

HOTEL白林HAKODATEの施設情報

ホテルは、旧領事館の歴史的な建物を生かした領事館棟と、新たに増築されたウェルネス棟の2棟構成だ。

施設 主な設備・特徴
領事館棟 旧ロシア領事館を改修した歴史的建築
領事館棟の客室 スイート2室
ウェルネス棟 新設されたウェルネス施設
ウェルネス棟の客室 スイート4室
メインダイニング白夜 道南食材を生かしたフレンチ
すし処 船見 カウンター8席の寿司店
Bar Hakodadi バー
ウェルネススペース 心身を整えるための施設
ジム トレーニング設備
ライブラリー 読書や休憩のための空間
ギフトショップ ホテルオリジナル商品や函館ゆかりの商品

客室は全6室で、すべてスイート仕様。プライベートサウナや水風呂を備え、ウェルネス棟の客室には半屋外の露天風呂も設置されている。

旧領事館棟には、メインダイニング、寿司店、バー、ギフトショップも配置されている。

歴史的な建物の保存と、現代的な高級宿泊施設としての機能を両立させた構成だ。

宿泊料金と利用スタイル

開業発表時に公表された宿泊料金の一例は、2人1室・1泊2食付き31万9,000円(税込・サービス料別)だった。

ただし、これは開業時に発表された料金であり、2026年のすべての日程に適用される固定料金ではない。

実際の宿泊料金は、宿泊日やプラン、空室状況によって異なるため、予約時の最新表示を確認したい。

また、ホテル公式サイトでは、宿泊予約のほか、メインダイニング白夜とすし処船見の食事予約も案内されている。

2026年の公式サイトでは、ルレ・エ・シャトーへの加盟や、フォーブス・トラベルガイドのCurated Collectionへの掲載も紹介されている。歴史的建築物の再生にとどまらず、国際的なラグジュアリーホテルとしての位置付けも強まっている。

ホテルへの再生は歴史的建築物の保存につながったのか?

この問題は、旧ロシア領事館の再活用を考えるうえで重要だ。

歴史的建築物は、保存するだけでは維持費や修繕費が発生し続ける。利用されない状態が長期化すれば、老朽化が進み、建物そのものの存続が難しくなる。

一方、商業施設として再生すれば、歴史的な空間を維持するための経済的な仕組みをつくれる。

旧ロシア領事館の場合、函館市は売却に際して歴史的価値の継承と保存活用を目的に掲げていた。改修工事でも耐震補強などが実施されている。

ただし、ホテルになったことで誰でも自由に内部を見学できるようになったわけではない。

建物の保存と一般公開は別の問題である。 この点は、訪問を考えている人が知っておきたいところだ。

【見学方法・アクセス】旧ロシア領事館に入館できる?駐車場は?

旧ロシア領事館を訪問する際に注意したいのが、現在は一般的な博物館や公共の見学施設ではないという点だ。

以前のように自由に内部を歩き回ることはできない。

一般見学と入館条件

2025年4月24日には、ホテルの本格開業に先立って一般向けのお披露目会が開催された。

この日は無料で館内を見学でき、函館新聞の報道によれば、開始前から130人を超える人が集まった。

しかし、これは開業前の特別な公開機会であり、通常の見学制度ではない。

2025年6月にはロシア極東連邦総合大学函館校の関係者が館内を訪問しているが、同校の報告でも「通常は見学施設ではありません」と説明されている。

2026年に訪問する場合は、次のように考えるとよい。

訪問目的 利用方法・注意点
建物の外観を見る 外観見学が可能と案内されている
内部を見学する 一般自由見学は原則として不可
宿泊する ホテルの宿泊予約が必要
フレンチを楽しむ メインダイニング白夜の予約を確認
寿司を楽しむ すし処船見の予約を確認
バーを利用する 営業状況・利用条件を事前確認
ギフトショップを見る 公式案内の営業時間は12~15時。利用条件は事前確認

ホテル公式サイトでは、食事の予約窓口とギフトショップの営業時間が案内されている。

歴史的な内装を実際に見たい場合は、宿泊または飲食利用を検討し、訪問前にホテルへ直接確認するのが確実だ。

旧ロシア領事館の住所とアクセス


所在地

北海道函館市船見町17-3

電話番号

0138-83-2273

JR函館駅から

タクシー・車で約10分

函館空港から

タクシー・車で約25分

新函館北斗駅から

車で約35分

バス利用

函館バス「幸坂」バス停から徒歩約8分
所要時間はホテル公式案内および函館・みなみ北海道観光ガイドの掲載情報に基づく目安。

駐車場はある?

駐車場については、利用目的を分けて考える必要がある。

函館・みなみ北海道観光ガイドでは、旧ロシア領事館の観光スポット情報に駐車場なしと記載されている。

一方、宿泊予約サイトには、ホテル宿泊者向けの屋外駐車場が6台分あると案内されている。宿泊者無料で、バレーサービスも案内されている。

ただし、これは一般観光客が自由に利用できる駐車場という意味ではない。

また、ホテルは函館山の中腹に位置しており、入口付近には急な坂がある。車高の低い車両は進入できない場合もあるため、車で宿泊する人は事前に確認しておきたい。

外観見学だけが目的なら、公共交通機関の利用が無難だ。

幸坂を歩いて訪問する際の注意点

旧ロシア領事館が建つ幸坂は、函館の坂道のなかでも印象的な場所だ。

函館港へ向かって伸びる坂道を歩くと、建物が高台に位置している理由も実感できる。

ただし、勾配があるため、徒歩で向かう場合は歩きやすい靴がおすすめだ。冬季は路面凍結にも注意したい。

【ゴールデンカムイの聖地】旧ロシア領事館が漫画に登場した理由

旧ロシア領事館は、漫画『』のファンにとっても注目の場所だ。

函館を舞台とした物語の終盤に登場し、実際の建物が作品の舞台の一つとして描かれている。

函館市公式観光サイト「はこぶら」でも、作品と函館の関係を紹介する特集で旧ロシア領事館が取り上げられている。

作中ではどのように描かれた?

旧ロシア領事館が登場するのは、主に以下のエピソードだ。

- 198話・199話:鯉登少尉の少年時代の誘拐事件に関連する場所として登場。
- 281話:物語終盤の重要な場所として再登場。

特に印象的なのは、少年時代の鯉登の三輪車が見つかった場所として描かれる場面だ。

作品では、建物だけでなく、周囲の幸坂の急勾配も物語の雰囲気をつくる要素になっている。

現地を訪れると、坂の傾斜や建物の位置関係など、漫画の背景に描かれた函館の地形を実際に感じられる。

聖地巡礼で注意したいこと

旧ロシア領事館は実在する歴史的建築物であり、作品のために建設された施設ではない。

また、2025年からはホテルとして運営されているため、作品のファンであっても、館内に自由に立ち入ることはできない。

聖地巡礼をする場合は、次の3点を意識したい。

1. 公道などから建物の外観を楽しむ。
2. 私有地やホテルの敷地に無断で入らない。
3. 内部を見たい場合は、宿泊や飲食などの正規の利用方法を確認する。

漫画の世界を楽しみながら、歴史的建築物と現在のホテル営業への配慮も忘れないことが大切だ。

【保存と再活用の実態】旧ロシア領事館が残された本当の意味

旧ロシア領事館の再生は、函館に残る歴史的建築物の保存方法を考えるうえでも興味深い事例だ。

建物は1996年に公共施設としての役割を終えてから、民間事業者への売却が決まるまで、長く活用方法が検討されてきた。

函館市が2021年に実施した事業者選定では、歴史的価値を継承すること、建物の安全性を確保すること、施設として有効活用することが重視された。

なぜ取り壊さずにホテルへ再生したのか

歴史的建造物の保存には、いくつかの課題がある。

第一に、老朽化への対応だ。

築100年以上の建物では、外観を維持するだけでなく、構造の安全性や設備の更新も必要になる。

第二に、維持費を支える仕組みである。

公共施設としての用途がなくなった後も、建物を維持し続けるには資金が必要だ。

第三に、建築的価値と現代の利用者の利便性を両立させることだ。

旧ロシア領事館では、歴史的な領事館棟を残しながら、ウェルネス棟を増築することで、宿泊施設として必要な機能を補っている。

こうした2棟構成は、歴史的な部分に現代の設備を無理に詰め込最初に、新旧の役割を分ける方法でもある。

保存活用で評価したい3つのポイント

1. 歴史的な外観を残したこと

赤レンガや白い装飾、玄関の唐破風など、旧領事館を特徴付ける意匠が新しい施設の中でも重要な役割を担っている。

2. 耐震補強と老朽化対策を実施したこと

歴史的な外観だけでなく、建物を安全に利用するための改修が進められた。函館市の資料には、構造材の腐朽などが見つかり、改修計画の見直しが必要になった経緯も記録されている。

3. 新しい経済的な利用方法を確立したこと

宿泊、飲食、ウェルネスという複数の機能を持たせることで、歴史的建造物を観光・宿泊資源として活用する仕組みがつくられた。

【プロの結論】保存と公開は同じではない

旧ロシア領事館の再生を評価する際、重要なのは「古い建物がホテルになった」という表面的な変化だけではない。

本質は、建物の歴史的価値を残しながら、維持管理を続けられる用途へ転換した点にある。

一方、一般公開の機会が限られることは、歴史的建築物を地域の共有財産としてどう活用するかという別の課題を残している。

保存には、建物を物理的に残すことだけでなく、その歴史を知る機会を確保することも含まれる。

旧ロシア領事館の今後を考えるうえでは、ホテルとしての事業継続と、地域住民・観光客が歴史に触れられる機会の両方が重要になる。

【旧ロシア領事館に関するよくある質問(FAQ)】

Q1:旧ロシア領事館は2026年現在も見学できますか?

外観見学は可能と函館・みなみ北海道観光ガイドで案内されている。ただし、現在はHOTEL白林HAKODATEとして営業しており、館内の一般自由見学は通常行われていない。内部を見たい場合は宿泊や飲食利用についてホテルに確認したい。

Q2:旧ロシア領事館はいつ建てられましたか?

現在の建物は1908年(明治41年)12月に再建された。1906年に完成した建物が1907年の函館大火で焼失したため、リヒャルト・ゼールの設計図をもとに再建されたものだ。

Q3:旧ロシア領事館の設計者は誰ですか?

ドイツ人建築家リヒャルト・ゼール。ドイツ・ネオ・バロック様式を基調とし、ネオ・ルネッサンス様式や日本的な意匠を組み合わせた設計が特徴だ。

Q4:ロシア領事館はいつ閉鎖されましたか?

1925年にソ連領事館として引き継がれた後、1944年10月1日に閉鎖された。

Q5:HOTEL白林HAKODATEの開業日はいつですか?

2025年7月12日(土)。旧ロシア領事館を改修した全6室のスモール・ラグジュアリーホテルとして開業した。

Q6:宿泊しなくてもホテルの内部を見られますか?

通常の一般見学施設ではない。公式サイトにはレストランの予約窓口やギフトショップの営業時間が掲載されているため、宿泊せずに利用したい場合は、目的に応じて事前に問い合わせるのがおすすめだ。

Q7:旧ロシア領事館に駐車場はありますか?

観光スポット情報では駐車場なしと案内されている。ホテル宿泊者向けには6台分の屋外駐車場が掲載されているが、一般見学用の駐車場ではないため注意したい。

Q8:ゴールデンカムイの何話に登場しますか?

漫画の198話・199話で鯉登少尉の少年時代の誘拐事件に関係する場所として登場し、281話でも重要な場所として描かれている。

旧ロシア領事館は、1908年に再建された赤レンガ造りの洋館というだけではない。開港都市・函館とロシア帝国の交流、北洋漁業の発展、日露戦争、ロシア革命、ソ連領事館の閉鎖、戦後の青少年教育まで、複数の時代を見届けてきた建物である。

リヒャルト・ゼールが設計したドイツ・ネオ・バロック様式を基調とする建築は、唐破風などの日本的な意匠とも融合し、函館らしい独特の景観を生み出している。

そして2025年7月12日、HOTEL白林HAKODATEとして新たなスタートを切った。2026年現在は、歴史的な領事館棟と新設されたウェルネス棟を組み合わせた宿泊施設として、その価値を次の世代へつないでいる。

訪問する際は、無料で見学できる外観と、一般公開されていないホテル内部を区別しておきたい。建物の歴史を知ったうえで幸坂を歩けば、赤レンガの洋館に刻まれた函館の国際交流の歴史が、より深く感じられるはずだ。

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玲奈 水無瀬
トレンドリサーチャー 玲奈 水無瀬
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タレントの経歴・学歴・家族構成は公式サイトと公表資料のみで検証。誤記を見つけたら即日に修正する方針で執筆している。

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