桑木さんの闘病生活で大きな決断となったのが、抗がん剤治療を受けるかどうかでした。
2024年12月30日公開の「文藝春秋」掲載の対談で、増田さんは当時の夫婦の話し合いについて詳しく振り返っています。
医師から説明された余命と治療の選択肢増田さんによると、桑木さんは以前から薬をできるだけ飲みたくないという考えを持っていました。夫婦は何年も前から死生観について話し合っており、桑木さんがどのような最期を望んでいるか、増田さんも理解していたといいます。
しかし、実際にステージ4の膵臓がんと告げられると、増田さんも簡単には決断できませんでした。結論を出す前夜には、自分の気持ちとして抗がん剤治療を受けてほしいと伝えたそうです。
その後、病院で医師から説明されたのは、抗がん剤を使用しなければ約4か月、使用すれば約13か月という見通しでした。これは当時の桑木さんの病状に対する医師の説明であり、一般的な膵臓がん患者に当てはまる余命ではありません。
話し合いの結果、二人は抗がん剤治療を受けず、残された時間を穏やかに過ごす道を選びました。
約5か月の自宅療養で大切にしたこと2026年1月23日の「徹子の部屋」出演後に報じられた内容によると、桑木さんは約5か月にわたって自宅療養生活を送りました。最後には再入院することになりましたが、それまではできるだけ普段と変わらない暮らしを続けていたといいます。
増田さんが特に印象深い出来事として語ったのが、夫の体調を心配するあまり、毎日のように「今日はどう?」「どこか痛くない?」と尋ねていたことです。
あるとき桑木さんから、体調を尋ねられると自分で痛い場所を探してしまうので、そうした質問はしないでほしいと伝えられたそうです。増田さんはその言葉を受け止め、必要以上に病気を意識させないよう接し方を変えました。
また、料理をする増田さんの笑顔を見た桑木さんが、優しい表情で褒めてくれたことも心に残っているといいます。
「ケイ、そんなにすてきな笑顔をしてくれるの」
この言葉は、2026年の番組出演で改めて紹介された夫婦の思い出です。病気と向き合う日々の中でも、桑木さんは増田さんの笑顔を大切にしていました。
2024年8月24日のライブに込められた思い桑木さんが亡くなったのは8月21日でした。そして、そのわずか3日後の8月24日、増田さんは横浜でライブに出演しています。
この時点では、夫の病気や死去をファンにも関係者にも伝えていませんでした。
増田さんは公式ブログで、夫の死を誰にも言えなかった理由について、自分自身が精神的に壊れてしまいそうだったこと、そしてライブを楽しみに来場するファンに夢の時間を届けたかったことを説明しています。
夫は増田さんが歌う姿を何よりも好きだったといいます。8月のライブにも必ず観に行くと約束していましたが、その願いは叶いませんでした。
それでも増田さんはステージに立ち、夫がそばで見守ってくれているような感覚を覚えたと振り返っています。歌手としての活動を続けることは、夫との約束を大切にすることでもあったのでしょう。
【2026年最新】増田恵子の現在は?徹子の部屋出演と歌手活動

2026年の増田恵子さんは、夫との思い出を胸に、歌手として精力的に活動を続けています。
特に大きな節目となったのが、2026年1月23日のテレビ朝日系「徹子の部屋」への出演です。番組では、ピンク・レディーのデビュー50周年を迎える年に、亡き夫との結婚生活や闘病の日々を語りました。
2026年1月23日「徹子の部屋」で明かした現在の心境番組で増田さんは、夫が末期がんと告げられた後も、驚くほど普段と変わらない様子で過ごしていたことを紹介しました。
また、夫から褒められた笑顔を大切にして、自分も夫の分まで生きていこうと決めたことを語っています。
自宅のダイニングテーブルには夫の写真と花を飾っており、毎朝、写真に向かって自分の笑顔が健在かどうかを尋ねてから一日を始めるというエピソードも紹介されました。
夫を忘れるのではなく、思い出とともに日常を重ねていく姿が印象的な出演回となりました。
デビュー50周年・ソロデビュー45周年を迎えた音楽活動2026年は、増田さんにとってピンク・レディーのデビュー50周年、ソロデビュー45周年が重なる記念の年です。
所属事務所の公式サイトやレコード会社の発表からも、音楽活動を継続していることが確認できます。
- 2026年2月4日:「ゴールデンベスト 増田惠子 シングル&恋するお友達」を発売。
- 2026年2月6日:ソロデビュー45周年記念コンサートを開催。
- 2026年8月19日:新曲「貴方は彼方へ」をリリース。
- 2026年8月29日・9月2日:ビルボードライブ大阪・横浜で記念公演を開催。
- 2026年10月25日:ヤマハジャズフェスティバルへの出演を公式サイトで告知。
- 2026年12月14日:ウェスティン都ホテル京都でクリスマスディナーショーを開催予定。
また、2026年8月には日本テレビ系「上田と女が吠える夜」への出演も公式サイトで告知されています。
加えて、2027年2月9日・10日には東京のI’M A SHOWで「I Love Singing スペシャル!〜ソロ、カバー、そしてピンク・レディー〜Vol.2」の開催が発表されています。
こうした活動を見ると、増田さんは夫との別れを経験した後も、歌手として新しい作品やステージに取り組んでいることが分かります。
【増田恵子の夫の死因】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:増田恵子の夫・桑木知二さんの死因は何ですか? A1:膵臓がんです。2024年3月に発覚し、その後、肝臓への転移が確認されてステージ4と診断されました。2024年8月21日に70歳で亡くなっています。
Q2:桑木知二さんの複視・ダブルビジョンは膵臓がんの症状だったのですか? A2:増田さんの公式ブログによると、複視の原因は橋本病でした。2024年2月に脳ドックと眼科を受診した時点では原因不明でしたが、その後、橋本病と分かり、薬の服用で症状は改善しています。膵臓がんは3月6日の大学病院での検査で見つかりました。
Q3:桑木知二さんは抗がん剤治療を受けていたのですか? A3:抗がん剤治療は受けない選択をしました。医師から当時の見通しとして、抗がん剤を使わない場合は約4か月、使う場合は約13か月と説明され、夫婦で話し合った結果、生活の質を優先する方針を決めました。
増田恵子さんの夫・桑木知二さんの死因は膵臓がんです。2024年3月に病気が発覚し、肝臓への転移によって4月初旬にはステージ4と診断され、同年8月21日に70歳で亡くなりました。
病気が見つかるきっかけとなったのは目の不調でしたが、複視の原因は膵臓がんではなく橋本病でした。この点は、2026年の「徹子の部屋」出演時にも改めて報じられています。
また、抗がん剤治療を受けず、自宅で過ごす時間を大切にした夫婦の決断も、闘病生活を理解するうえで欠かせない部分です。それは治療を一律に否定するものではなく、桑木さん本人の考えと夫婦の話し合いによって選ばれた方針でした。
2026年現在、増田さんはピンク・レディーのデビュー50周年、ソロデビュー45周年という節目を迎え、新曲のリリースやコンサートなどを続けています。
夫が愛した歌声をこれからも届けていくこと。その活動には、桑木さんと過ごした22年間の思い出と、夫から贈られた言葉が息づいています。
桑木さんの死因や闘病経緯を調べる際には、2024年10月の所属事務所の訃報・増田さんの公式ブログと、2026年1月の「徹子の部屋」に関する報道を照らし合わせると、病気の発覚から最期までの流れを正確に理解できます。