内藤沙月の読み方は、「ないとう・さつき」です。2019年の人物紹介でも、この読み方が掲載されています。本人はSNSや動画配信で「内藤沙月」の名前を使用し、車椅子での暮らしや仕事、恋愛などを発信していました。
2026年10月の初公判時点で報道されている年齢は29歳です。プロフィールとして確認できる情報を整理すると、次のようになります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 活動名 | 内藤沙月 |
| 読み方 | ないとう・さつき |
| 年齢 | 29歳(2026年10月の報道時点) |
| 身長 | 約110cm |
| 疾患 | 先天性骨形成不全症 |
| 生活スタイル | 車椅子を使用 |
| 主な活動 | YouTube、SNS、タレント活動 |
| 過去の職歴 | 新宿のキャバクラ勤務など |
| 所属形態 | 2019年にはタレント部所属、後年のチャンネル紹介ではフリー活動 |
| 現在 | 殺人罪の被告人として公判中 |
名前については、報道を読む際に注意したい点があります。
2025年11月の逮捕時には、集英社オンラインなどが「鈴木沙月容疑者」と報じていました。一方、本人のYouTubeやブログ、2026年の公判報道では「内藤沙月」という表記が使用されています。
このため、インターネット上では「鈴木沙月が本名で、内藤沙月が活動名なのか」という疑問が生じています。
ただし、報道上の氏名表記と活動名の違いだけで、戸籍上の氏名や改姓の経緯まで確定できるわけではありません。
読み方は「ないとう・さつき」と確認できますが、本名と活動名の正確な関係については、断定を避ける必要があります。
学歴や出身地は公表されている?高校や大学の具体的な学校名、出身地などについては、信頼できる報道で確認できる情報が限られています。
集英社オンラインの過去の取材では、高校3年生のころに家出をした経験などが紹介されていますが、詳細な学歴を示す資料とは別の話です。
一方、2019年には芸能活動の実績が確認できます。次の項目で、その経歴を詳しく見ていきます。
【経歴・職歴】車椅子インフルエンサーとしての活動と転機

内藤沙月被告が発信していた内容の特徴は、障害についての説明だけではありませんでした。
日常生活、ファッション、外出、恋愛、仕事など、一般的なライフスタイル系インフルエンサーにも共通するテーマを取り上げていました。
2019年には障害者タレントとして講演に参加2019年1月17日、障害者・難病者専門の芸能プロダクションとして活動するCo-Co Lifeタレント部は、内藤沙月が文化服装学院でトークセッションに参加したことを公式サイトで紹介しました。
テーマは「障がい者のファッションの楽しみ方」です。
当時の紹介では、身長110cmの車椅子モデルとして掲載され、骨形成不全症による身体の側弯や、身体に合う大人向けの洋服・靴を探す難しさについても触れられています。
この活動は、単にSNSで知名度を得ていたというだけではなく、障害者のファッションや生活上の課題を社会に伝える機会でもありました。
新宿のキャバクラ勤務とタレント活動成人後には、新宿のキャバクラで働いていたことも報じられています。
車椅子を利用しながら接客業に従事し、その後もタレントやインフルエンサーとして活動を続けていました。
集英社オンラインの取材では、恋愛や出会いに積極的だったことも紹介されています。本人は過去のインタビューで、マッチングアプリやクラブ、相席屋などを利用していた経験を語っていました。
こうした発信からは、障害のある女性を一面的に捉えず、仕事や恋愛を含む日常の選択を自分自身で語ろうとする姿勢が見て取れます。
YouTube「内藤沙月jp」の活動内容
YouTubeチャンネル「内藤沙月jp」
車椅子での生活や日常のルーティン、購入品、恋愛、結婚生活などを紹介するチャンネルです。
チャンネルの紹介文では、夫婦で撮影や編集を行い、障害があっても自分らしく暮らすことを発信のテーマとしていました。
代表的な発信内容は次のとおりです。
- 車椅子で外出する日のモーニングルーティン
- 身支度やファッションの紹介
- 日常生活で使う便利な商品
- 恋愛や結婚生活
- 妊娠日記や出産報告
- 車椅子での育児や生活上の工夫
特に、外出前の身支度を紹介した動画は、2025年11月時点で86万回以上再生されていたと集英社オンラインが報じています。
単に障害について説明するのではなく、日常の映像を通じて視聴者に生活の具体像を伝えていたことが、活動の特徴でした。
【骨形成不全症とは】身長110cm・車椅子で生活していた背景
内藤沙月被告が公表していた先天性骨形成不全症は、生まれつき骨が弱く、骨折しやすくなる遺伝性疾患です。
骨の形成に関係する仕組みに異常が生じることで、骨折を繰り返したり、骨の変形や身体の成長への影響が生じたりします。
症状には個人差があり、生活上の制約も一律ではありません。
本人が語っていた日常生活の困難内藤被告は身長約110cmで、幼少期から車椅子を使用して生活してきたと報じられています。
2019年の芸能プロダクションの紹介では、身体の側弯や、身体に合う洋服・靴を探す難しさについても説明されていました。
こうした情報は、本人がSNSで発信していた生活上の工夫を理解するうえで重要です。
例えば、一般的なサイズの衣服をそのまま着用することが難しい場合、身体に合うデザインや着脱しやすさを考慮した商品選びが必要になります。
妊娠・出産にも身体的な負担があった2025年10月18日に配信された夕刊三重電子版のインタビューでは、本人が妊娠中の体調や生活について語っています。
本人によると、つわりが非常に強く、妊娠後期には肺が圧迫されて呼吸が苦しくなることもあったそうです。
また、お腹が大きくなるにつれて車椅子を動かすことも難しくなり、妊婦健診では夫の付き添いが助けになったと説明していました。
このインタビューでは、妊娠に伴う骨への負担を心配し、骨折に注意して生活していたことも明かされています。
ここで重要なのは、骨形成不全症という疾患そのものと、後に起きた刑事事件を直接結び付けないことです。
障害があることは、事件の原因や刑事責任を自動的に説明するものではありません。障害のある人の妊娠・出産や育児をめぐる支援の問題と、個人の刑事責任は、それぞれ分けて考える必要があります。
【結婚・出産】過去の死産から2025年の長女誕生まで
内藤沙月被告の結婚・出産歴は、事件の背景を理解するうえでも重要な情報です。
2026年10月の公判報道によると、被告には2度の結婚歴があり、過去の妊娠では死産を経験していました。
過去の結婚と死産本人は2021年、自身のブログで妊娠していた子どもを死産したことを報告しています。
ブログでは、授かった命への感謝や、母親になれたことへの思いを綴っていました。
その後、前の結婚生活は終わり、離婚を経験しています。
2025年のインタビューでも、以前の死産について本人が振り返っており、当時の妊娠報告に寄せられた心ない言葉に傷ついたことを明かしています。
2025年3月に再婚、9月に長女を出産2025年には再婚を報告しています。
集英社オンラインの報道によると、同年3月に結婚を報告し、9月17日にはYouTubeで第1子の出産を公表しました。
出産前のインタビューでは、本人は母親になることへの喜びを語っていました。
特に印象的なのは、車椅子を使っていても、娘にとって頼もしい母親でありたいという思いです。
夕刊三重電子版のインタビューでは、次のような言葉が紹介されています。
娘が大きくなった時、周りのママと何一つ変わらず私を愛して育ててくれたと思ってもらえたら、これ以上の喜びはありません。
本人のインタビュー内容の要旨。夕刊三重電子版、2025年10月18日。
このインタビューが掲載されたのは事件発生の直前にあたる時期でした。
長女の誕生後、事件までの生活第2回公判に関する集英社オンラインの報道では、優愛ちゃんは計画的な帝王切開で出生し、出生時の体重は約1700グラムだったとされています。
その後、約2か月間入院し、生後3か月ごろに退院。自宅で母親と生活した期間は約1か月だったと報じられました。
ここで、出産から事件までの短い期間に、母子の生活環境が大きく変化していたことが分かります。
【2025年11月の事件から2026年10月の初公判まで】時系列で整理
事件が起きたのは2025年11月です。
東京都世田谷区の自宅マンションで、生後3か月の長女・優愛ちゃんが死亡しました。
内藤被告自身が警察に通報し、その後、殺人容疑で逮捕されました。事件はその後、殺人罪の刑事裁判へと進んでいます。
事件から公判までの時系列| 時期 | 出来事 | 報道で確認できる内容 |
|---|---|---|
| 2025年3月 | 結婚を報告 | 再婚を公表 |
| 2025年9月17日 | 長女の出産報告 | YouTubeで第1子の誕生を公表 |
| 2025年10月18日 | インタビュー掲載 | 妊娠・出産や母親になる思いを紹介 |
| 2025年11月3日深夜〜4日朝 | 事件発生・通報 | 世田谷区の自宅で長女が死亡。本人が110番通報 |
| 2026年10月21日 | 初公判 | 東京地裁の裁判員裁判で起訴内容を認める |
| 2026年10月28日 | 第2回公判 | 育児環境や支援、家族の証言などが取り上げられる |
| 2026年11月3日 | 現在 | 判決は確認されておらず、公判の審理内容が注目される |
事件が発覚したのは、2025年11月4日午前6時40分ごろです。
集英社オンラインやNEWSポストセブンの報道によると、内藤被告は自宅から110番通報し、警察官が駆け付けたところ、浴室で長女の優愛ちゃんが発見されました。
その場で死亡が確認されています。
その後、内藤被告は逮捕され、長女に対する殺人事件として捜査・刑事手続きが進みました。
2026年10月21日、東京地裁で初公判事件から約11か月後となる2026年10月21日、東京地裁で裁判員裁判の初公判が開かれました。
内藤被告は裁判長から起訴内容に間違いがないか尋ねられ、次のように答えたと報じられています。
「ないです」
これは、起訴された事実について認める意思を示したものです。
検察側は、優愛ちゃんの遺体に鋭利な刃物による傷が計67か所あったと指摘しました。
一方、弁護側は、夫との離婚協議や親権問題によって内藤被告が精神的に追い詰められていたと主張しています。
【検察側と弁護側の主張】裁判の争点と親権問題の実態
今回の裁判で重要なのは、起訴内容を認めたという事実だけではありません。
事件に至るまでの家庭環境、精神状態、育児の負担、周囲からの支援状況などが、法廷でどのように説明されているかです。
検察側の主張:長女への行為と結果の重大性検察側は初公判の冒頭陳述で、自宅浴室で内藤被告が優愛ちゃんを包丁で何度も切りつけたと指摘しました。
また、遺体に残された傷は計67か所に上ると説明しています。
この数字は検察側が法廷で示した内容であり、事件の重大性を示す証拠として取り上げられました。
一方、被告人質問では、内藤被告が当時の行為について記憶がないと説明したことも報じられています。
弁護側の主張:離婚協議と親権をめぐる精神的負担弁護側は、事件当時、内藤被告と夫の間で離婚について話し合いが進んでいたと説明しています。
そのなかで、内藤被告は長女の親権を獲得できないと考え、精神的に追い詰められていたというのが弁護側の主張です。
また、弁護側は事件について、母子での無理心中を図ったものだったと説明し、行政による適切な支援が不足していたとも訴えています。
ここで押さえておきたいのは、これらは弁護側の主張であり、裁判所がそのすべてを認定したわけではないという点です。
第2回公判で明らかになった育児環境10月28日の第2回公判では、優愛ちゃんの出生後の生活状況についても証言がありました。
弁護側の証人として出廷した社会福祉士は、内藤被告が身体的な制約を抱えながら育児に取り組んでいたことや、心身の不調を抱えていたことについて説明しました。
また、優愛ちゃんはミルクの吐き戻しが多く、泣き続けることもあり、育児の負担が大きかったとされています。
加えて、法廷では、事件当時、世田谷区の障害福祉担当者が内藤被告の妊娠・出産を把握していなかったとの説明もあったと報じられています。
社会福祉士は、内藤被告に産後うつの可能性があったことも否定できないと指摘したとされています。
ただし、産後うつと正式に診断されていたことが確定したわけではありません。
娘の父親は厳しい処罰を求めた第2回公判では、優愛ちゃんの父親も法廷で意見を述べました。
集英社オンラインの報道によると、父親は娘が生きていてほしかったという無念を語り、内藤被告に対して厳しい処罰を求めました。
また、内藤被告が事件当時の記憶がないと説明していることについても疑問を示したとされています。
この証言は、弁護側が説明する被告人の精神状態や育児環境とは異なる、遺族側の立場を示すものです。
親権問題は現在どうなっている?検索されることの多い「内藤沙月の親権問題」についても整理しておきます。
事件当時、夫婦間では離婚協議が進み、長女の親権を誰が持つかが問題になっていたと報じられています。
弁護側は、被告が親権を得られないと考えたことが精神的な追い詰めにつながったと主張しました。
ただし、現在は長女が亡くなっているため、親権の帰属をめぐる通常の争いが継続しているという状況ではありません。
2026年11月現在、親権問題は事件当時の背景や動機、被告人の精神状態を検討するための裁判上の論点として扱われています。
【プロの結論】内藤沙月事件から考えるべき3つの重要な論点
この事件を理解するには、単純な人物紹介や事件の概要だけでは不十分です。
法廷で示された内容からは、少なくとも3つの異なる問題を分けて考える必要があります。
1. 起訴内容を認めたことと判決は別の問題内藤被告は初公判で起訴内容を認めています。
しかし、被告人が起訴内容を認めたことと、裁判所が量刑を決定することは別の手続きです。
裁判では、事件の具体的な状況、被告人の精神状態、犯行に至る経緯、遺族の意見などが審理されます。
したがって、初公判で認めたという情報だけで、判決や刑罰まで確定したかのように理解するのは誤りです。
2. 障害のある人の妊娠・出産と育児支援今回の裁判で注目される論点の一つが、障害のある人が妊娠・出産・育児を行う際の支援体制です。
内藤被告は骨形成不全症を抱え、車椅子で生活していました。
第2回公判では、社会福祉士が証言し、障害のある人の妊娠する権利や、出産後の支援の必要性についても触れたと報じられています。
ここで考えるべきなのは、障害のある人の育児を本人や家族だけの努力に委ねてよいのかという問題です。
育児に必要な身体的サポート、産後の精神的ケア、行政と医療機関の連携など、家庭外からの支援をどのように確保するかは、社会全体に関係する課題です。
ただし、支援体制の問題を論じることと、長女の命が奪われた行為の責任を問うことは両立します。どちらか一方だけを取り上げても、事件の全体像は理解できません。
3. SNSに映る幸せな生活と家庭の実態は必ずしも一致しない内藤被告は、YouTubeで結婚生活や妊娠、出産について発信していました。
2025年9月には出産を報告し、10月には母親になる喜びをインタビューで語っています。
しかし、裁判で示された情報によれば、事件前には夫婦間の離婚協議や親権問題が存在していました。
SNSに投稿される動画や写真は、生活の一部分を切り取ったものです。
明るい投稿があるから家庭内に問題がなかったとも、悲しい投稿があるから事件の動機が確定するともいえません。
この事件は、SNS上の発信だけで人物や家庭の実態を判断することの難しさも示しています。
【内藤沙月に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:内藤沙月の読み方は?
A1:内藤沙月は「ないとう・さつき」と読みます。2019年の人物紹介でも同じ読み方が掲載されています。
Q2:内藤沙月の本名は鈴木沙月ですか?
A2:2025年11月の逮捕報道では「鈴木沙月」、SNSや後年の公判報道では「内藤沙月」と表記されています。活動名と戸籍上の氏名の関係については、公開情報だけで断定できません。
Q3:内藤沙月はどのような病気を抱えていましたか?
A3:先天性骨形成不全症です。骨が弱く骨折しやすい疾患で、本人は身長約110cm、車椅子で生活していることを公表していました。
Q4:内藤沙月は結婚して子どもを産んでいましたか?
A4:過去に結婚と死産を経験し、その後2025年に再婚。同年9月に長女の出産をYouTubeで報告しています。長女は同年11月の事件で亡くなりました。
Q5:2026年10月21日の初公判で何を認めましたか?
A5:東京地裁の裁判員裁判で、殺人罪の起訴内容について間違いがないか尋ねられ、「ないです」と答えました。
Q6:内藤沙月の裁判は終了していますか?
A6:2026年11月3日時点で、10月21日の初公判と10月28日の第2回公判が報道されています。判決が出たことは確認されていません。
内藤沙月被告は、先天性骨形成不全症と向き合いながら、車椅子での生活、仕事、恋愛、結婚、出産について積極的に発信してきた人物です。
2019年にはタレントとして講演に参加し、YouTubeでは日常生活や結婚生活を紹介していました。2025年には再婚と長女の出産を公表しましたが、同年11月、長女の優愛ちゃんが亡くなる事件が発生しました。
2026年10月21日の初公判では起訴内容を認め、10月28日の第2回公判では育児環境や行政支援、父親の意見などが取り上げられました。
今後、注目すべきなのは次の3点です。
- 刑事責任と量刑: 起訴内容を認めた被告に対し、裁判所がどのような判断を示すのか。
- 事件に至った背景: 離婚協議や親権問題、当時の精神状態がどのように評価されるのか。
- 育児支援のあり方: 障害のある人の妊娠・出産・育児を支える行政や医療の体制に、どのような課題があったのか。
優愛ちゃんの命が失われたという事実を中心に据えながら、遺族の思い、被告人の刑事責任、社会的な支援の課題をそれぞれ検証することが大切です。
2026年11月3日現在、裁判は判決前の段階です。今後の公判で示される証言や裁判所の判断が、事件の全容を理解するうえで重要になります。