日本相撲協会の公式プロフィールによると、立浪親方の基本情報は次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 現在の年寄名 | 立浪 |
| 親方の名前 | 立浪耐治 |
| 現役時代の四股名 | 旭豊勝照 |
| 本名 | 市川耐治 |
| 生年月日 | 1968年9月10日 |
| 出身地 | 愛知県春日井市 |
| 現役時代の所属 | 大島部屋 |
| 最高位 | 小結 |
| 現在の所属部屋 | 立浪部屋 |
| 現在の役職 | 日本相撲協会委員 |
2026年11月現在、58歳です。
特に覚えておきたいのは、立浪耐治と旭豊は同一人物だという点です。
現役時代は旭豊という四股名で土俵に上がり、引退後に年寄名跡「立浪」を襲名しました。現在は立浪部屋の師匠として、力士の育成や部屋の運営に携わっています。
【旭豊の現役時代】小結まで昇進した実績と相撲人生

日本相撲協会公式プロフィールに基づく経歴
旭豊は1987年3月場所で初土俵を踏みました。
大島部屋に所属し、着実に番付を上げ、1993年11月場所で新十両、1995年3月場所で新入幕を果たしています。
その後、1996年5月場所で新三役となり、最高位の小結に到達しました。
旭豊の主な経歴・成績| 項目 | 記録 |
|---|---|
| 初土俵 | 1987年3月場所 |
| 新十両 | 1993年11月場所 |
| 新入幕 | 1995年3月場所 |
| 新三役 | 1996年5月場所 |
| 最高位 | 小結 |
| 引退 | 1999年1月場所 |
| 生涯戦歴 | 364勝341敗26休 |
| 幕内戦歴 | 160勝198敗 |
| 金星 | 4個 |
| 殊勲賞 | 1回 |
| 敢闘賞 | 1回 |
| 十両優勝 | 1回 |
| 幕下優勝 | 2回 |
身長189cm、体重129kgという恵まれた体格を生かし、得意技は左四つ・寄りでした。
また、上手投げや下手投げなどの投げ技も記録されています。
注目したいのは、幕内優勝こそなかったものの、金星4個と殊勲賞1回、敢闘賞1回を獲得した実力者だったことです。
金星は平幕力士が横綱を破った際に与えられるものです。4個獲得していることからも、上位陣に対抗できる力を持っていたことが分かります。
1999年1月場所を最後に現役を引退。その後、年寄・立浪を襲名し、部屋の師匠として新たなキャリアを歩み始めました。
現役時代の旭豊と、現在の立浪親方を別々の人物として紹介する情報もありますが、両者は同一人物です。
【立浪部屋の歴代親方】緑嶋・羽黒山から旭豊への継承
立浪部屋は、現在の師匠だけを見ても全体像を理解できません。
その歴史は大正時代までさかのぼり、横綱を複数輩出してきた名門です。
歴代師匠の系譜立浪部屋の歴史を代表する師匠と、その継承関係を整理すると次のようになります。
立浪部屋の歴史を語るうえで欠かせないのが、次の横綱たちです。
- : 69連勝という歴史的な記録を残した大横綱。
- : 強烈な力を持ち、立浪部屋の隆盛を支えた横綱。
- : 元関脇・安念山が師匠を務めた時代に育った横綱。
このように、立浪部屋は長い年月をかけて複数の横綱や大関を輩出してきました。
旭豊が部屋を継承した経緯現在の立浪親方は、先代の直弟子として単純に部屋を継いだわけではありません。
元小結・旭豊は、先代の立浪親方である元関脇・安念山(後の羽黒山)の娘婿となり、養子縁組を結んでいました。
そして1999年1月場所で引退し、同年2月に年寄名跡「立浪」を襲名。先代の定年退職に伴って部屋を引き継ぎました。
つまり、立浪部屋では複数世代にわたり、娘婿が家系と部屋を引き継ぐ形が続いていたのです。
立浪名跡をめぐる裁判の真相立浪部屋の継承で特に注目されたのが、先代と旭豊親方との間で起きた年寄名跡をめぐる裁判です。
部屋の継承後、先代と旭豊の間では部屋の運営や金銭面などをめぐって対立が生じました。
2001年には、先代が旭豊に対して、立浪部屋の返還と年寄名跡の襲名継承金1億7500万円の支払いを求める民事訴訟を起こしています。
裁判の経過は次のとおりです。
| 時期 | 裁判の動き | 結果 |
|---|---|---|
| 2001年 | 先代が旭豊を提訴 | 部屋返還と1億7500万円を請求 |
| 2003年2月 | 東京地裁の判決 | 先代側の請求を認める |
| 2004年1月 | 東京高裁の控訴審 | 一審を覆し、先代側の請求を棄却 |
| 2004年7月 | 最高裁 | 先代側の上告を退ける |
重要なのは、2003年の一審判決と最終的な裁判結果が異なるという点です。
一審では先代側が勝訴し、1億7500万円の支払いを命じられました。しかし、2004年の控訴審で判決が覆り、最終的に旭豊側の勝訴となりました。
この事件は、年寄名跡の継承に伴う金銭の問題が司法の場で争われた象徴的な事例として知られています。
【豊昇龍と立浪親方】師弟関係と横綱誕生までの道のり
立浪親方の指導者としての実績を語るうえで、最も大きな存在が第74代横綱・豊昇龍です。
豊昇龍は2018年1月場所で初土俵を踏みました。
叔父は元横綱・朝青龍です。相撲界に入る前から高い身体能力を持ち、立浪親方もその才能に注目していました。
豊昇龍の出世と師匠の支え2023年7月、豊昇龍は名古屋場所で初優勝を果たし、大関昇進を決めました。
これは立浪親方が部屋を継承してから初めて誕生した大関でした。
当時のスポニチの報道によると、立浪親方は大関昇進について喜びを表し、豊昇龍の将来性を高く評価していました。
その後、2025年1月29日、日本相撲協会の理事会で豊昇龍の横綱昇進が全会一致で承認されました。
第74代横綱の誕生です。
昇進決定時、師匠の立浪親方は次のような期待を寄せています。
相撲で強いのは当たり前。尊敬される人間になってほしい。
この言葉からは、勝敗だけでなく、横綱としての品格や人間性も重視する指導者の姿勢がうかがえます。
2026年11月現在、豊昇龍は復帰に向けて調整中2026年の豊昇龍には、右膝の負傷という大きな課題があります。
7月下旬に右膝の手術を受け、9月の秋場所を全休。さらに3場所連続休場という状況になりました。
10月20日には立浪親方が九州場所からの復帰方針を示したと報じられました。
しかし、11月3日の最新報道では、本人は出場について慎重な姿勢を示しています。
同日、福岡県糸島市の立浪部屋で行われた稽古では、出稽古に来た平戸海と28番取って20勝8敗という内容でした。
豊昇龍は体調が日ごとに良くなっているとしながらも、出場についてはまだ最終決定していないと説明しています。
したがって、11月3日時点では、九州場所への出場は確定していません。
これは立浪親方にとっても重要な局面です。横綱の復帰を急ぐだけでなく、長期的に土俵へ立てる状態を整えることが求められています。
【立浪部屋の2026年最新情報】所在地・一門・所属力士
立浪部屋の所在地日本相撲協会の公式部屋情報に掲載されている所在地は次のとおりです。
立浪部屋
東京都台東区橋場1-16-5
〒111-0023
2021年7月から現在の所在地で活動
以前は茨城県つくばみらい市に拠点を置いていましたが、2021年に東京都台東区へ移転しました。
移転には、力士の稽古環境や東京での活動の利便性を考慮した背景があります。
立浪部屋は出羽海一門に所属立浪部屋は、現在、出羽海一門に所属しています。
ただし、立浪部屋の歴史的な系譜と現在の一門は区別する必要があります。
かつては立浪一門の中心的な存在でしたが、2012年に一門を離れ、貴乃花グループに加わりました。その後、2018年9月に出羽海一門へ加入しています。
つまり、立浪という歴史ある部屋の名前が、そのまま現在の所属一門を意味するわけではありません。
2026年11月場所の所属力士2026年11月場所は、11月8日から22日まで福岡国際センターで開催されます。
日本相撲協会の公式部屋情報と立浪部屋公式サイトに掲載された番付を整理すると、所属力士は次のとおりです。
| 番付 | 力士 |
|---|---|
| 西横綱 | 豊昇龍 |
| 東十両13枚目 | 明生 |
| 東幕下8枚目 | 大花竜 |
| 西幕下19枚目 | 北大地 |
| 西幕下25枚目 | 天空海 |
| 西幕下29枚目 | 上戸 |
| 西三段目2枚目 | 木竜皇 |
| 東三段目18枚目 | 春雷 |
| 西三段目58枚目 | 多良浪 |
| 西序二段12枚目 | 一翔 |
| 東序二段20枚目 | 筑波山 |
| 東序二段46枚目 | 北洋山 |
| 西序二段46枚目 | 幸奄美 |
| 西序ノ口2枚目 | 刻竜浪 |
特に注目したい力士は、豊昇龍、明生、木竜皇の3人です。
明生(めいせい)
明生は立浪部屋を代表する実力者の一人です。2026年11月場所では東十両13枚目に位置しています。
これまで幕内で活躍してきた経験もあり、今後の番付回復が期待されます。
木竜皇(きりゅうこう)
木竜皇は2026年11月場所で西三段目2枚目。上位の番付を目指す若手として注目されます。
豊昇龍
立浪部屋の看板力士であり、現在の師弟関係を象徴する存在です。右膝の回復と九州場所への出場判断が大きな注目点となっています。
立浪親方自身も公式サイトの挨拶で、豊昇龍の横綱昇進に加え、明生や木竜皇ら若い力士の育成に取り組んでいることを紹介しています。
【年寄名跡とは?】立浪部屋の継承問題から分かる相撲界の仕組み
立浪名跡の裁判を理解するには、日本相撲協会における年寄名跡の仕組みを知る必要があります。
年寄名跡とは、現役引退後に親方として日本相撲協会に残り、後進の指導や協会の業務に携わるために必要な名跡です。
立浪親方の場合は「立浪」という名跡を襲名しています。
年寄名跡の継承は誰が決める?日本相撲協会の定款第47条では、年寄名跡について次のようなルールが定められています。
1. 年寄名跡は日本相撲協会が管理する。
2. 退任する年寄は、退職後5年以内に限り、後継者を推薦できる。
3. 襲名する人物は年寄資格審査委員会の審査を受け、理事会が決定する。
4. 名跡の襲名や後継者の推薦に関して金銭などを授受してはならない。
つまり、単に先代の親方から名前を受け取れば、誰でも親方になれるわけではありません。
協会の審査と承認が必要です。
立浪名跡裁判と現在の制度は何が違う?ここで重要なのは、旭豊親方が経験した裁判は、現在の制度と同じ環境で起きたものではないということです。
2003年の一審判決では、当時の相撲界で行われていたとされる名跡の金銭授受の慣習や、当事者間の口頭合意が争点となりました。
一方、現在の日本相撲協会の定款では、名跡の管理主体を協会とし、襲名に伴う金銭授受を禁止しています。
この違いを理解すると、立浪名跡裁判が単なる親方同士の争いではなく、相撲界の制度そのものを考えるうえでも意味のある事件だったことが分かります。
【立浪部屋親方に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:現在の立浪部屋の親方は誰ですか?
A1:元小結・旭豊の立浪耐治親方です。本名は市川耐治で、1968年9月10日生まれ。2026年11月現在も立浪部屋の師匠を務めています。
Q2:立浪親方は現役時代に何という四股名でしたか?
A2:旭豊勝照(あさひゆたか・かつてる)です。大島部屋に所属し、最高位は小結でした。金星4個、殊勲賞1回、敢闘賞1回という実績があります。
Q3:立浪親方と豊昇龍の関係は?
A3:師匠と弟子の関係です。豊昇龍は2018年1月場所で初土俵を踏み、立浪親方の指導のもとで成長。2025年1月29日に第74代横綱への昇進が決まりました。
Q4:立浪名跡の裁判はどちらが勝ちましたか?
A4:最終的には旭豊側が勝訴しました。2003年の東京地裁では先代側が勝ちましたが、2004年の東京高裁が判決を覆し、同年7月に最高裁が先代側の上告を退けました。
Q5:立浪部屋はどこにありますか?
A5:東京都台東区橋場1-16-5です。2021年7月から現在の所在地で活動しています。
Q6:立浪部屋は何一門ですか?
A6:出羽海一門です。かつて貴乃花グループに所属していた時期を経て、2018年9月に出羽海一門へ加入しました。
Q7:2026年11月場所の立浪部屋の注目力士は誰ですか?
A7:横綱の豊昇龍、十両の明生、三段目の木竜皇です。特に豊昇龍は右膝の手術後の復帰が注目されています。11月3日時点では九州場所への出場は最終決定していません。
2026年11月現在、立浪部屋を率いているのは、元小結・旭豊こと立浪耐治親方です。
現役時代は大島部屋で活躍し、小結まで昇進。1999年に立浪の名跡を継承してからは、歴史ある部屋の師匠として力士の育成に取り組んできました。
立浪部屋には、双葉山や羽黒山、双羽黒といった歴史的な横綱を輩出してきた伝統があります。その一方で、旭豊親方による継承には裁判という大きな出来事もありました。
現在の注目点は、次の3つです。
- 豊昇龍の復帰: 右膝手術後の状態と九州場所への出場判断。
- 明生の番付回復: 幕内復帰を目指す今後の成績。
- 木竜皇ら若手の成長: 次世代の関取候補をどこまで育てられるか。
立浪親方の指導者としての評価は、豊昇龍という横綱を育てた実績だけで完結するものではありません。明生や木竜皇をはじめとする力士たちが、どこまで上位へ進めるかも重要な評価軸です。
立浪部屋の今後を追うなら、親方の経歴や過去の名跡裁判だけでなく、所属力士の番付と成績、そして豊昇龍の復帰状況を合わせて見ることが大切です。