2026年11月現在、元Jリーガーの山本大貴さんは、株式会社松本山雅の営業部に所属し、サッカーを通じた地域活動にも携わっています。2023シーズンを最後に現役を引退し、2024年2月に松本山雅FCの運営会社へ入社。当初は物販事業部のグッズ担当として活動していましたが、2026年7月から営業部へ異動しました。
現役時代はベガルタ仙台、松本山雅FC、ファジアーノ岡山、AC長野パルセイロでプレー。Jリーグで10年間にわたって活躍したフォワードです。引退後も古巣との関係を大切にしながら、新しい仕事に挑戦しています。
この記事では、山本大貴さんの2026年最新の仕事内容、プロフィール、サッカー選手時代の経歴、現役引退の経緯、引退後の活動を整理します。同姓同名の野球選手やアナウンサーとの違いも紹介します。
【2026年最新】山本大貴の現在は松本山雅FCの営業部で活動中

山本大貴さんの現在の所属先は、選手時代から縁の深い松本山雅FCの運営会社である株式会社松本山雅です。
注目したいのは、2026年に仕事内容が変わったことです。
2024年からグッズ担当として第二のキャリアをスタート2024年1月30日、AC長野パルセイロは山本大貴選手の現役引退を発表しました。
その後、同年2月に株式会社松本山雅へ入社。物販事業部のグッズ担当として新たなキャリアをスタートさせました。
選手として長くプレーした松本山雅FCに、今度はクラブを支えるスタッフとして戻ってきた形です。
2024年6月には、自身の引退記念グッズの企画にも携わっています。
単に販売を担当するだけではなく、写真選びやデザイン、商品の監修、販売方法まで本人が一貫して関わりました。
2026年7月から営業部へ異動2026年の大きな変化が、営業部への異動です。
2026年5月20日、松本山雅FC公式Xで、山本大貴さんが7月1日付で営業部へ異動することが告知されました。
長野県が公開している令和8年度の人権大使紹介ページでも、山本さんの所属は松本山雅FCの営業部と記載されています。
2026年7月28日付のAC長野パルセイロの公式発表でも、松本山雅FCの人権大使として営業部所属の山本大貴さんが紹介されています。
つまり、現在の仕事内容を正確に表現するなら、元選手であり、元グッズ担当、現在は営業部所属ということになります。
営業部での具体的な担当業務や取引先については、詳細な公表資料はありません。
2026年11月にも地域のサッカー活動に参加引退後の山本さんは、クラブの業務だけでなく地域との交流にも参加しています。
2026年11月1日には、長野日報社主催のサッカー教室が長野県箕輪町のながたドームで開催されました。
伊那谷ねっとの報道によると、山本さんは松本山雅の元選手らとともに講師を務め、上伊那地域や諏訪地域の子どもたち約40人を指導しました。
参加した子どもたちは、ドリブルなどサッカーの基本的な動きを学んでいます。
現役を退いた後も、サッカー経験を地域の子どもたちに伝える活動を続けていることが分かります。
【プロフィール】山本大貴の読み方・年齢・出身地は?
山本大貴さんは、漢字の読み方にも注意したい人物です。
元サッカー選手の山本大貴さんは、公式プロフィールで「やまもと・ひろき」と紹介されています。
基本プロフィール| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 山本大貴 |
| 読み方 | やまもと ひろき |
| 英語表記 | Hiroki YAMAMOTO |
| 生年月日 | 1991年11月15日 |
| 年齢 | 34歳(2026年11月3日時点) |
| 出身地 | 熊本県宇土市 |
| 身長 | 179cm |
| 体重 | 73kg |
| 現役時代のポジション | FW |
| 最終所属クラブ | AC長野パルセイロ |
| 現在の所属 | 株式会社松本山雅 |
| 現在の部署 | 営業部 |
出典はAC長野パルセイロの公式プロフィール、引退発表、松本山雅FCの公式発表です。
サッカーを始めた学生時代山本さんは熊本県で育ち、ランザ熊本、宇土鶴城中学校、ルーテル学院高校を経て駒澤大学へ進学しました。
学生時代からサッカーに取り組み、年代別の代表や選抜チームにも選ばれています。
主な代表・選抜歴は以下のとおりです。
- 2007年:U-16日本代表
- 2010年:U-19日本代表
- 2010年:全日本学生選抜
- 2011年:デンソーチャレンジ杯関東大学選抜A
- 2012年:デンソーチャレンジ杯関東大学選抜A
大学卒業後の2014年にベガルタ仙台へ加入し、プロサッカー選手としてのキャリアをスタートさせました。
【選手時代の経歴】ベガルタ仙台から松本山雅FC、岡山、長野へ
山本大貴さんの選手時代を振り返ると、松本山雅FCとの関係が特に深かったことが分かります。
年代別の所属クラブと主な転換点| 年・時期 | 所属・出来事 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 2010~2013年 | 駒澤大学 | 大学サッカーで活躍 |
| 2014年 | ベガルタ仙台 | 大学卒業後にプロ入り |
| 2014年6月 | 松本山雅FC | 育成型期限付き移籍で加入、J2で7得点 |
| 2015年 | ベガルタ仙台 | 仙台へ復帰 |
| 2016年 | 松本山雅FC | 完全移籍で再加入 |
| 2019年8月 | ファジアーノ岡山 | 期限付き移籍 |
| 2019年12月 | ファジアーノ岡山 | 完全移籍 |
| 2022年 | AC長野パルセイロ | 完全移籍で加入 |
| 2023年 | AC長野パルセイロ | 現役最後のシーズン |
| 2024年1月30日 | 現役引退 | 引退を正式発表 |
2014年、駒澤大学からベガルタ仙台に加入しました。
当初はJ1の舞台で経験を積み、同年6月には松本山雅FCへ育成型期限付き移籍します。
この移籍が山本さんのキャリアにおける大きな転機となりました。
松本山雅FCでJ1昇格に貢献2014年の松本山雅FCでは、J2リーグで26試合に出場し、7得点を記録しました。
加入したシーズンに攻撃面で存在感を示し、クラブのJ1昇格にも貢献しています。
2015年はベガルタ仙台へ復帰しましたが、2016年に松本山雅FCへ完全移籍。
その後、2019年まで松本でプレーしました。
松本山雅FCの公式発表によると、2019年8月にファジアーノ岡山へ期限付き移籍し、同年12月には完全移籍が決定しています。
ファジアーノ岡山とAC長野パルセイロでの活躍ファジアーノ岡山では、2020年、2021年とプレーを続けました。
2021シーズンはJ2リーグ26試合に出場し、2得点を記録しています。
2022年1月にはAC長野パルセイロへの完全移籍が発表されました。
長野ではJ3リーグでプレーし、2022年シーズンには23試合9得点を記録。
2023シーズンもチームに所属し、10年間のプロ生活を締めくくりました。
Jリーグ通算成績は?Jリーグ公式サイトが紹介した引退時の通算成績は以下のとおりです。
| リーグ | 出場試合数 | 得点 |
|---|---|---|
| J1 | 18試合 | 1得点 |
| J2 | 186試合 | 25得点 |
| J3 | 50試合 | 17得点 |
| 合計 | 254試合 | 43得点 |
※リーグ戦の記録。カップ戦や天皇杯は含みません。
J1からJ3まで異なるカテゴリーでプレーし、合計43得点を記録したことは、山本さんのプロキャリアを振り返るうえで押さえておきたい数字です。
【現役引退の経緯】2023シーズン限りで引退した理由
山本大貴さんの現役引退は、2024年1月30日にAC長野パルセイロから正式発表されました。
発表内容は、2023シーズンをもって現役を引退するというものです。
引退の背景には契約満了があったJリーグ公式サイトに掲載された本人のコメントには、引退に至るまでの心境が詳しく記されています。
山本さんは、AC長野パルセイロから契約満了を伝えられた際の悲しさを振り返っています。
また、年齢を重ねるにつれて毎シーズンが勝負になることを理解していた一方、試合結果だけではなく、日々の練習への姿勢や取り組みも評価してほしかったという思いも語っています。
一方で、チームとして結果を出せなかったことも受け止めていました。
つまり、引退の経緯には契約満了という直接的な出来事と、10年間のプロ生活を振り返った本人の判断が関係しています。
最終戦でのゴールが印象的な節目に本人の引退コメントでは、AC長野パルセイロで迎えた最終戦についても触れられています。
最後の試合でゴールを決め、涙したことについて、本人は自分の中で最後だと感じ取っていたのかもしれないと振り返りました。
選手として最後までピッチに立ち、得点を残してキャリアを終えたことは、本人にとっても大きな意味を持つ出来事だったのでしょう。
引退後もサッカーとの関係を継続山本さんは引退コメントの最後に、第二の人生についても触れています。
その後、2024年2月には株式会社松本山雅に入社しました。
競技者としてのキャリアは終わりましたが、サッカーに関わる仕事を続ける道を選んだことになります。
【引退後の活動】グッズ担当から営業部へ、仕事内容はどう変わった?
山本大貴さんの引退後の活動で特徴的なのは、選手時代の経験をクラブ運営の仕事に生かしていることです。
特に2024年に手掛けた引退記念グッズは、選手からスタッフへの転身を象徴する企画でした。
自身の引退記念グッズをプロデュース2024年6月19日、松本山雅FCは「山本大貴メモリアル・スターティンググッズ」の受注販売を発表しました。
この企画では、サポーター番号にちなんだ12種類のアイテムを展開。
松本山雅FCでプレーした2014年、2016~2019年の写真から本人が選んだ素材を使い、特別なキービジュアルを制作しました。
さらに「これからも共に“笑顔”で」というメッセージも商品に取り入れています。
特筆すべきは、山本さんが商品企画のほぼ全工程に関わったことです。
具体的には、次の業務を担当しました。
- 現役時代の写真選定
- キービジュアルの策定
- 商品アイテムの監修
- 販売数量の検討
- 販売時期の決定
- 販売方法の企画
- 商品の受け渡し方法の調整
引退記念グッズを自ら企画するという、選手経験を持つスタッフならではの仕事でした。
また、2024年6月29日の信州ダービーでは、本人が直接販売・受注会に参加する予定も発表されていました。
長野県の人権大使としても活動山本さんは2024年6月、長野県の人権大使に就任しました。
長野県は県内のプロスポーツチームと連携し、人権啓発活動を実施しています。
人権大使は、ポスターへの出演やホームゲームでの啓発活動、地域の街頭活動などに協力する役割です。
2025年6月2日には、松本駅前で行われた「人権擁護委員の日」の街頭啓発活動に参加。
オフィシャルマスコットのガンズくんとともに、通行する人々へ啓発グッズを配布しました。
2026年度も長野県の公式ページに人権大使として掲載されており、営業部所属という現在の肩書も確認できます。
2026年は地域イベントやスポーツ交流にも参加2026年の山本さんの活動を時系列で見ると、クラブと地域の双方に関わっていることが分かります。
- 1月24日: 駒ヶ根市の中学校サッカー部を対象としたサッカー教室に講師として参加。
- 2月1日: 信州ブレイブウォリアーズの松本ゲームに松本山雅FCのグッズ担当として参加。
- 6月7日: 第12回信州安曇野ハーフマラソンにゲストランナーとして出場し、完走。
- 6月20日: 山雅ミュージアム in 東京のトークイベントでMCを担当。
- 7月1日: 営業部へ異動。
- 8月9日: 鉢盛山登山マラソンのゲストランナーとして出場予定だった大会の案内が公開。
- 11月1日: 長野日報社主催のサッカー教室に講師として参加。
このように、現役引退後も地域のスポーツ活動に継続して携わっています。
グッズ担当時代には商品企画や販売、イベント運営に関わり、2026年7月以降は営業部へ活動の場を広げました。
選手時代に培った経験を、クラブの事業や地域とのつながりに生かしている点が、引退後のキャリアの特徴です。
【同姓同名に注意】野球選手・アナウンサー・画家との違い
「山本大貴」と検索すると、サッカー選手以外の人物も表示されます。
同じ漢字の名前を持つ人物が複数いるため、検索結果を確認する際には職業や生年月日を区別する必要があります。
① プロ野球選手の山本大貴NPBの公式記録には、同じ漢字の名前を持つプロ野球選手が掲載されています。
こちらは1995年11月10日生まれの左投左打の投手です。
千葉ロッテマリーンズなどでプレーした野球選手で、今回取り上げている1991年生まれの元Jリーガーとは別人です。
② 関西テレビの山本大貴アナウンサー関西テレビにも山本大貴という名前のアナウンサーが在籍しています。
公式プロフィールによると、奈良県出身で、明治大学を卒業。2020年に関西テレビへ入社しています。
野球やゴルフ、マラソンなどのスポーツ実況も担当しています。
こちらも松本山雅FCの元選手とは関係のない別人です。
③ 写実画家の山本大貴加えて、同じ漢字で「ひろき」と読む人物には、写実絵画を手掛ける画家の山本大貴さんもいます。
1982年に千葉県で生まれ、武蔵野美術大学を卒業した画家です。
人物の写実表現などで知られ、美術展や個展でも活動しています。
検索結果で間違えないための判断基準今回の元Jリーガーを探している場合は、次の情報を手掛かりにすると判別しやすくなります。
- 読み方が「やまもと・ひろき」
- 1991年11月15日生まれ
- 熊本県宇土市出身
- 元フォワード
- ベガルタ仙台、松本山雅FC、ファジアーノ岡山、AC長野パルセイロに所属
- 2024年に現役引退
特に、松本山雅FCとAC長野パルセイロというクラブ名が、今回の人物を特定する重要な手掛かりになります。
【よくある質問】山本大貴の現在に関するFAQ
Q1:山本大貴は現在もサッカー選手として活動していますか?
A1:いいえ。AC長野パルセイロに所属していた山本大貴さんは、2023シーズン限りで現役を引退しました。2024年2月から株式会社松本山雅のスタッフとして働いています。
Q2:山本大貴の現在の仕事はグッズ担当ですか?
A2:2024年2月から2026年6月までは物販事業部のグッズ担当でした。2026年7月1日から営業部へ異動しているため、現在の所属部署は営業部です。
Q3:山本大貴はなぜ現役を引退したのですか?
A3:AC長野パルセイロから契約満了を伝えられたことが背景にあります。本人も引退発表時のコメントで、その際の心境やチームの成績、自身のキャリアについて振り返っています。
Q4:山本大貴のJリーグ通算成績は?
A4:J1で18試合1得点、J2で186試合25得点、J3で50試合17得点です。リーグ戦通算では254試合43得点を記録しています。
Q5:山本大貴と同姓同名の野球選手やアナウンサーは同一人物ですか?
A5:別人です。元サッカー選手は1991年11月15日生まれの山本大貴(ひろき)さんです。プロ野球選手や関西テレビの山本大貴アナウンサーとは、生年月日や経歴が異なります。
山本大貴さんは、2023シーズンを最後に10年間のプロサッカー選手生活に幕を下ろしました。
しかし、引退によってサッカーとの関係が途切れたわけではありません。
2024年2月には株式会社松本山雅へ入社し、グッズ担当として自身の引退記念商品の企画まで手掛けました。その後、長野県の人権大使として地域活動にも参加しています。
そして2026年7月からは営業部へ異動。11月1日にも子どもたちを対象としたサッカー教室で講師を務めています。
今回の経歴から見えてくるのは、プロ選手として培った経験を、引退後のクラブ運営や地域貢献に生かしている姿です。
2026年11月現在の山本大貴さんは、現役復帰を目指す選手ではなく、松本山雅FCを支える営業部のスタッフとして活動する元Jリーガーです。
グッズ担当から営業部へと仕事の幅を広げた山本さんが、今後どのような形で松本山雅FCや長野県のスポーツ界を支えていくのか、引き続き注目されます。
主な確認資料: Jリーグ公式サイト、AC長野パルセイロ公式サイト、松本山雅FC公式サイト、長野県公式サイト、ベガルタ仙台公式サイト、ファジアーノ岡山公式サイト、NPB公式記録、関西テレビ公式プロフィール、伊那谷ねっとの2026年11月1日付報道。