俳優・横浜流星の昔を振り返ると、現在の端正なビジュアルや圧倒的な演技力からは想像しにくい、意外な少年時代が見えてくる。小学6年生のときに原宿でスカウトされ、芸能界入り。その後はEBiDANでの活動や雑誌モデルを経験する一方、小学1年生から続けていた極真空手では世界大会優勝という輝かしい実績を残している。
高校時代には『仮面ライダーフォーゼ』や『烈車戦隊トッキュウジャー』に出演し、俳優としての道を本格的に歩み始めた。2025年のNHK大河ドラマ『べらぼう』主演、映画『国宝』への出演を経て、2026年には映画賞の受賞や新作主演が続く。30歳を迎えた現在と、少年時代からの歩みを時系列で整理する。
【幼少期】横浜生まれ・埼玉育ち!横浜流星の子供時代と意外な素顔

横浜流星は1996年9月16日生まれ。神奈川県出身で、幼少期は埼玉県で過ごした。公式プロフィールでは神奈川県出身と紹介されているが、本人はテレビ番組で、生まれてすぐに埼玉県へ引っ越したと説明している。
幼少期は弟と遊ぶ普通の少年だった2019年に掲載された大学新聞のインタビューでは、幼少期について、1歳年下の弟といつも一緒に遊んでいたと振り返っている。
現在はストイックで落ち着いた雰囲気を持つ横浜だが、子供時代から芸能界を目指していたわけではない。本人の話からは、家族や友人と過ごす日常を大切にしていた少年の姿がうかがえる。
小学1年生で極真空手を始める横浜流星の人生を語るうえで欠かせないのが、幼少期に始めた極真空手だ。
2020年放送のフジテレビ系『突然ですが占ってもいいですか?』では、小学1年生の頃に両親から習い事を勧められ、サッカーや水泳などを体験したことを明かしている。そのなかで、最も楽しいと感じたのが空手だった。
空手は単なる習い事ではなく、その後の人生を左右する存在になった。本人は空手を通して精神力、忍耐力、礼儀を学んだと語っている。
また、当時はスパーリングで道場の仲間に負けて泣くこともあったという。最初から強かったわけではなく、悔しさを経験しながら練習を重ねていった。
この経験が、後年の俳優活動にもつながる継続力や集中力の土台になっていく。
【小学6年生】原宿でスカウト!EBiDAN時代と昔の写真を紹介
芸能界入りのきっかけは家族との原宿訪問横浜流星が芸能界に入ったのは、小学6年生の頃だった。
本人が2019年の大学新聞のインタビューや2020年のテレビ出演で語ったところによると、家族と初めて原宿を訪れた際、竹下通りで現在の所属事務所であるスターダストプロモーションの関係者にスカウトされた。
当時の横浜は芸能界に強い憧れを持っていたわけではない。空手に夢中で、将来は格闘技の道へ進むことも考えていた。
両親から芸能活動を勧められたこともあり、新しい挑戦として芸能界入りを決めた。本人の話では、最初は学習塾のCMや雑誌モデルなどの仕事を経験したという。
EBiDANで活動していた過去横浜流星の昔を語るうえで、近年あらためて注目されているのがEBiDAN時代だ。
EBiDANは「恵比寿学園男子部」の略称で、スターダストプロモーションに所属する男性タレント・アーティストによる集団。横浜も若い頃に所属していた。
2026年9月27日放送の日本テレビ系『メシドラ ~兼近&真之介のグルメドライブ~』では、本人がEBiDAN時代について語り、原宿などでダンスをしていたことを明かした。
当時の活動について、本人は次のように振り返っている。
「原宿とかでダンスとかしてたんです」
現在は映画やドラマを中心に活躍する俳優だが、芸能活動の初期にはダンスやステージなど、アーティストとしての経験も積んでいたことになる。
スターダストプロモーションの公式芸歴にも、2010年のEBiDAN公演『エビダンの文化祭は文化のカヲリがまぁ~~~しないのだの巻』、2011年の『EBiDAN嵐の臨海学校!波とケンカとエビダンは激アツキリン柄!の巻』が記録されている。
横浜流星の昔の写真はどこで見られる?昔の写真を探す場合、注目したいのはEBiDANの公式ブログや、当時の雑誌モデルとしての記録だ。
- EBiDAN公式ブログ:2012年5月の本人投稿に撮影時の写真が掲載されている。
- 中学卒業時のブログ:2012年3月17日の『中学卒業』には、卒業式についての本人の報告と当時の写真が残されている。
- ニコプチ:2010年からメンズモデルとして活動。
- nicola:2011年からメンズモデルとして誌面に登場した。
- 初期の出演作品:『仮面ライダーフォーゼ』や『烈車戦隊トッキュウジャー』でも10代の頃の姿を確認できる。
特にEBiDAN公式ブログは、当時の本人の文章や写真が残る貴重な記録だ。現在の洗練された俳優としての姿とは異なる、10代前半の自然な表情を知る手掛かりになる。
なお、写真の年代を比較するときは、本人の公式ブログや所属事務所、当時の雑誌など、出所が確認できる資料を基準にするとよい。
【中学時代】横浜流星は極真空手の世界大会で優勝していた!
横浜流星の過去の経歴で、特に大きなインパクトを持つのが極真空手の実績だ。
芸能界入りした後も空手を続け、中学時代には国内大会だけでなく、国際大会でも結果を残している。
2011年の国際大会で世界一にスターダストプロモーションの公式プロフィールによると、横浜は2011年の第7回国際青少年空手道選手権大会で、13・14歳男子55kgの部に優勝した。
極真空手初段という実績も公式に掲載されている。
単に空手を習っていたというレベルではなく、世界大会で優勝するほどの実力を持つ競技者だったのだ。
中学時代は芸能活動より空手を優先2019年の大学新聞のインタビューでは、中学校に進学してからは芸能活動より空手に力を注いでいたと振り返っている。
2020年のテレビ出演でも、中学時代には陸上部に所属しながら、部活動の時間に空手の練習へ打ち込んでいたと説明した。
加えて、2026年9月のテレビ出演では、格闘家になりたいという思いがあったことも明かしている。
「格闘家になろうと思っていました」
この発言からも、当時の横浜にとって空手がどれほど大きな存在だったかが分かる。
芸能界に入ったからといって、すぐに俳優一本に切り替えたわけではない。空手と芸能活動という2つの道を並行して歩んでいた。
空手で培った経験は現在の演技にもつながる極真空手は、技術だけでなく精神面の鍛錬も求められる競技だ。
横浜は過去のインタビューで、空手によって精神力や忍耐力、礼儀を学んだと語っている。
俳優の仕事でも、役柄に合わせた身体づくりや長期間の稽古、撮影現場での集中力が求められる。空手で積み重ねた経験は、こうした仕事の基礎を支えていると考えられる。
【俳優デビュー】仮面ライダーフォーゼから烈車戦隊トッキュウジャーへ
横浜流星の俳優としての出発点は、特撮作品にある。
『仮面ライダーフォーゼ』でテレビドラマデビュー横浜のテレビドラマデビュー作は、テレビ朝日系の『仮面ライダーフォーゼ』だ。
演じたのは井石二郎という人物。東映の公式「仮面ライダー図鑑」によると、第17話「流・星・登・場」(2012年1月8日放送)が初登場回となっている。
井石二郎は、吉沢亮が演じた朔田流星の大切な友人という役柄だった。
つまり、後に映画『国宝』でも共演する吉沢亮とは、俳優としての初期段階から作品を通じた縁があったことになる。
『仮面ライダーフォーゼ』は2011年9月に放送が始まった作品であり、横浜のテレビドラマ出演は同シリーズの2011年度の活動に位置づけられる。実際の役の初登場は2012年1月だ。
高校時代の転機となった『烈車戦隊トッキュウジャー』俳優として大きく注目されるきっかけになったのが、2014年放送開始のスーパー戦隊シリーズ『烈車戦隊トッキュウジャー』だ。
横浜が演じたのは、トッキュウ4号・ヒカリ。志尊淳らとともにメインキャストを務めた。
当時は高校2年生頃で、撮影は高校3年生の1年間にわたった。
2017年のインタビューでは、大学進学も考えていたものの、トッキュウジャーの仕事が決まったことで人生の選択を迫られたと振り返っている。
本人は目の前のチャンスを逃したくないという思いから、大学へ進学せず、俳優の道に集中することを両親に伝えた。
加えて、2026年のENCOUNTのインタビューでは、トッキュウジャーについて、俳優人生の原点となる作品だと語っている。
「この世界で生きていこう」と決めた
1年間の撮影を通して芝居の面白さを知り、俳優として生きる覚悟を固めた。空手を中心に考えていた少年の人生が、大きく方向転換した瞬間だった。
ここまでの経歴を時系列で整理すると、空手、モデル活動、EBiDAN、特撮作品、映画主演という段階を経て、現在の実力派俳優へ成長してきたことが分かる。
| 時期・年 | 出来事・活動 | 主なポイント |
|---|---|---|
| 1996年 | 神奈川県で誕生 | 9月16日生まれ |
| 小学1年生 | 極真空手を始める | 習い事の中で空手に夢中になる |
| 小学6年生 | 原宿でスカウト | スターダストプロモーションに所属 |
| 2010~2011年 | EBiDANで活動 | ステージ活動や雑誌モデルを経験 |
| 2011年 | 空手の国際大会で優勝 | 13・14歳男子55kgの部で世界一 |
| 2012年 | 『仮面ライダーフォーゼ』 | 井石二郎役でドラマデビュー |
| 2013年 | 『リアル鬼ごっこ THE ORIGIN』など | ドラマ出演を重ねる |
| 2014~2015年 | 『烈車戦隊トッキュウジャー』 | ヒカリ/トッキュウ4号役 |
| 2015年 | 舞台『武士白虎』 | 舞台初主演 |
| 2017年 | 映画『キセキ-あの日のソビト-』 | グリーンボーイズとしても活動 |
| 2018年 | 『虹色デイズ』『兄友』 | 主演映画への出演が続く |
| 2019年 | 『初めて恋をした日に読む話』 | ゆりゆり役で広く注目を集める |
| 2023年 | 『ヴィレッジ』『春に散る』 | 主演・W主演作品で存在感を発揮 |
| 2024年 | 映画『正体』 | 主演・鏑木慶一役 |
| 2025年 | 大河ドラマ『べらぼう』、映画『国宝』 | 大河主演と映画での重要な役柄 |
| 2026年 | 映画賞受賞、新作主演 | 30歳を迎え、活動の幅を広げる |
この年表から分かるのは、横浜のキャリアが一度の大ブレイクによって完成したものではないということだ。
少年時代の空手、10代前半のモデル活動、特撮ドラマ、舞台、映画と、異なる現場で経験を積み重ねている。
【下積み時代から2026年最新】昔と現在の横浜流星は何が変わった?
10代後半から20代前半は経験を積み重ねた時期『烈車戦隊トッキュウジャー』の終了後も、横浜流星は継続してドラマや映画、舞台に出演していた。
2015年には舞台『武士白虎』で主演を務め、2016年には『オオカミ少女と黒王子』、2017年には『キセキ-あの日のソビト-』などに出演。2018年には『兄友』『虹色デイズ』で主演を務めている。
この時期は、現在のような大規模な主演作が続く状態ではなかったが、さまざまな役柄を経験し、俳優としての幅を広げていた。
2017年のインタビューでは、俳優活動を始めた頃について「最初はひたすら必死でした」と振り返っている。
また、自分に何が求められているのか、役柄に対してどう動くべきなのかを少しずつ考えられるようになったとも話していた。
こうした経験の積み重ねが、後の主演俳優としての成長につながっていく。
2019年『初めて恋をした日に読む話』で大きく注目横浜流星の知名度が大きく上昇した作品として知られるのが、2019年のTBS系ドラマ『初めて恋をした日に読む話』だ。
演じたのは、ピンク色の髪が印象的な不良高校生・由利匡平。通称「ゆりゆり」だ。
これまで特撮作品や青春映画などで培ってきた存在感に加え、恋愛ドラマでの繊細な表現が幅広い視聴者に届いた。
同年は映画『愛唄-約束のナクヒト-』『チア男子!!』『いなくなれ、群青』でも主演を務めている。
つまり、2019年のブレイクは突然現れたものではなく、10代からの出演経験と、それまでの作品で積み重ねてきた演技力が結びついた結果だった。
2025年は大河ドラマと映画『国宝』で新境地20代後半の横浜流星は、さらに大きな役柄に挑戦している。
2025年にはNHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』で主人公・蔦屋重三郎を演じた。
また、同年公開の映画『国宝』では、大垣俊介役として出演。吉沢亮演じる喜久雄の親友であり、ライバルでもある人物を演じた。
歌舞伎の世界を描く作品であり、役作りには約1年半にわたる稽古が必要だったことも、日本アカデミー賞の公式紹介で説明されている。
極真空手で長年鍛錬してきた横浜が、今度は歌舞伎の所作や身体表現に向き合ったという点は興味深い。
身体の動きを磨き続けるという意味では、幼少期から続けてきた空手と現在の俳優活動に共通する部分がある。
2026年11月現在の最新活動と受賞歴2026年11月3日現在、横浜流星は30歳。映画・ドラマの主演だけでなく、映画賞の受賞や新しい企画にも取り組んでいる。
2026年の主な活動は次のとおりだ。
- 4月10日:劇場版『名探偵コナン ハイウェイの堕天使』に大前一暁役でメインゲスト声優として出演。
- 6月1日:映画『国宝』での演技が評価され、第35回日本映画批評家大賞の助演男優賞を受賞。
- 第49回日本アカデミー賞:映画『国宝』で優秀助演男優賞を受賞。
- 10月9日:映画『汝、星のごとく』で主演・青埜櫂役を務める。
- 10月16日:TBS金曜ドラマ『LOST10』で主演・小駒役を務める。
- 新企画:自身が企画・プロデュースする作品『選択』の映画化が発表された。
また、2025年には映画『正体』で第48回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞している。
2026年の映画賞では主演ではなく助演としての演技も評価されており、主役を張るだけでなく、作品全体を支える俳優としても実績を重ねている。
昔と現在を比較すると分かる3つの変化横浜流星の昔と現在を比較する際、外見だけに注目するより、仕事や表現力の変化を見るとキャリアの成長が分かりやすい。
- 活動の中心:少年時代は空手とモデル活動、現在は映画・ドラマを中心とする俳優活動。
- 仕事への向き合い方:10代は与えられた現場で必死に学ぶ段階だったが、現在は主演や企画・プロデュースにも挑戦している。
- 表現の幅:特撮や青春作品から、時代劇、歌舞伎を題材とした映画、社会性のある作品まで役柄が広がった。
なお、昔の写真と現在の写真を見比べて顔立ちの変化を話題にする声もあるが、撮影条件や年齢、髪型、メイク、役作りなどによって印象は変わる。写真だけから整形の有無などを断定することはできない。
【横浜流星の昔】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:横浜流星は子供の頃、どこで育った?
A1:神奈川県で生まれた後、生後すぐに埼玉県へ引っ越し、幼少期を埼玉県で過ごしたと本人が語っている。
Q2:横浜流星は本当に極真空手の世界大会で優勝した?
A2:本当だ。2011年の第7回国際青少年空手道選手権大会で、13・14歳男子55kgの部に優勝している。所属事務所の公式プロフィールにも記載されている。
Q3:横浜流星は昔EBiDANに所属していた?
A3:所属していた。2026年9月のテレビ出演でも本人が認め、原宿などでダンスをしていた当時を振り返っている。EBiDAN公式ブログにも本人の投稿が残っている。
Q4:横浜流星の俳優デビュー作は何?
A4:テレビ朝日系『仮面ライダーフォーゼ』だ。井石二郎役を演じた。その後、『烈車戦隊トッキュウジャー』でヒカリ/トッキュウ4号役を務め、俳優として広く知られるようになった。
Q5:横浜流星は高校時代に大学進学を考えていた?
A5:考えていた。『烈車戦隊トッキュウジャー』への出演が決まった際、大学進学と俳優活動を比較し、最終的に俳優一本で活動する決断をした。
Q6:横浜流星の昔の写真はどこで確認できる?
A6:EBiDAN公式ブログの2010~2012年頃の投稿、当時の『ニコプチ』『nicola』の掲載記録、初期の出演作品などが主な資料になる。
横浜流星の昔を振り返ると、現在の俳優としての成功につながる経験が、少年時代から積み重なっていたことが分かる。
小学1年生で極真空手を始め、小学6年生で原宿でスカウトされ、EBiDANや雑誌モデルとして活動。中学時代には空手の世界大会で優勝し、高校時代には『仮面ライダーフォーゼ』や『烈車戦隊トッキュウジャー』を通じて俳優としての道を選んだ。
その後も舞台や映画、ドラマで経験を重ね、2019年の『初めて恋をした日に読む話』で広く注目を集めた。2025年の大河ドラマ『べらぼう』と映画『国宝』、そして2026年の映画賞受賞や新作主演へと、活動の幅を広げている。
【プロの結論】
横浜流星のキャリアを理解するうえで重要なのは、空手で培った継続力と、俳優として現場で学び続けた姿勢の2つだ。
華やかな芸能活動の裏側には、幼少期からの鍛錬、10代のステージ経験、進路を選択した高校時代、そして数多くの作品への出演がある。
昔の写真を探す場合も、見た目の変化だけで判断するのではなく、当時の本人の発言や公式ブログ、出演作品、受賞歴を組み合わせて見ると、より正確に成長の過程を理解できる。
30歳を迎えた2026年も、主演俳優としてだけでなく、作品を企画・プロデュースする立場にも挑戦している横浜流星。少年時代から続く挑戦心が、これからどのような作品や表現につながっていくのか、今後の活動にも注目したい。
主な確認資料: スターダストプロモーション公式プロフィール・芸歴、横浜流星本人の大学新聞インタビュー、EBiDAN公式ブログ、東映「仮面ライダー図鑑」、ENCOUNTの2026年インタビュー、日本映画批評家大賞公式発表。