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【父親は麿赤兒】読み方は「まろ・あかじ」!本名やプロフィールを紹介

神汰 春人 神汰 春人 • 更新: • 公開: • 読了約 13 分
目次


(まろ・あかじ)

- 生年月日:1943年2月23日
- 本名:大森宏
- 職業:俳優・舞踏家・演出家
- 出身:奈良県
- 代表的な活動:舞踏集団「大駱駝艦」の創設

大森南朋さんの父親の名前は、漢字で「麿赤兒」と書きます。読み方は「まろあかじ」です。

初見では読み方が難しい名前ですが、「麿(まろ)」と「赤兒(あかじ)」に分けると覚えやすくなります。

麿赤兒の本名は大森宏

麿赤兒さんの本名は、百科事典マイペディアを収録するコトバンクによると、大森宏です。

芸名と本名が異なるため、大森南朋さんと同じ「大森」という姓を持つことに気づかなかった人もいる可能性があります。

「麿赤兒」という芸名は、舞踏家・俳優として活動する際に使用している名前です。舞台上での強烈な存在感も相まって、芸名そのものが一つの表現として認識されています。

麿赤兒は何歳?2026年現在の年齢

麿赤兒さんは1943年2月23日生まれです。

2026年11月現在は83歳。息子の大森南朋さんは1972年2月19日生まれで、2026年現在54歳です。

父子の年齢差は約29歳になります。

2026年2月の親子写真でも、それぞれの年齢に触れた投稿が話題になりました。

【舞踏家と俳優の二つの顔】麿赤兒と大駱駝艦の歩み

大森南朋父親読み方

麿赤兒さんを理解するうえで欠かせないのが、俳優としての顔だけでなく、日本の前衛舞踏を代表する表現者としての活動です。

一般的な俳優とは異なり、身体そのものを使って人間の内面や生命の存在感を表現する舞踏の世界で、長年にわたって独自の活動を続けています。

1972年に大駱駝艦を創設

麿赤兒さんは1960年代半ば、唐十郎さんが率いる状況劇場に参加しました。また、舞踏の創始者の一人として知られる土方巽さんに師事し、演劇と舞踏の両方から表現を追求していきます。

そして1972年、舞踏集団「大駱駝艦(だいらくだかん)」を旗揚げしました。

大駱駝艦の特徴は、独創的な衣装、白塗りの身体、大胆な舞台演出、そして力強い身体表現です。

麿赤兒さんは、この独自の表現様式を「天賦典式(てんぷてんしき)」と名付けました。

これは、生まれてきたことそのものを大きな才能と捉える考え方に基づいています。

大駱駝艦は国内だけでなく海外でも公演を行い、日本発の舞踏文化を世界に広める役割を果たしてきました。

麿赤兒は俳優としても活躍

麿赤兒さんは舞踏家として知られていますが、映画やテレビドラマ、舞台にも数多く出演しています。

代表的な出演作品には、次のようなものがあります。

- 『キル・ビル Vol.1』(2003年)
- 『駆込み女と駆出し男』(2015年)
- 『関ヶ原』(2017年)
- 『翔んで埼玉』(2019年)
- 『劇場版 ルパンの娘』(2021年)
- 『牛首村』(2022年)
- 『とんび』(2022年)

俳優としての麿赤兒さんの魅力は、登場するだけで画面の空気を変えるような独特の存在感です。

舞踏で培った身体表現が、映画やドラマの演技にも生かされています。

一方、舞踏家としての活動も続けており、単に俳優業へ転身したわけではありません。二つの表現領域を並行して歩んできた人物です。

【大森家の親子・兄弟関係】大森南朋と大森立嗣のつながり

大森南朋さんの家族関係で、もう一人押さえておきたい人物が映画監督の大森立嗣さんです。

実は、大森南朋さんと大森立嗣さんは兄弟です。

父親が麿赤兒さんで、長男が映画監督の大森立嗣さん、次男が俳優の大森南朋さんという関係になります。

それぞれ異なる分野で活躍していることから、芸能・映画界にゆかりの深い一家としても知られています。

大森南朋・大森立嗣・麿赤兒の関係一覧
人物 続柄・関係 主な職業 麿赤兒 父親 俳優・舞踏家・演出家 大森立嗣 長男・大森南朋の兄 映画監督 大森南朋 次男・大森立嗣の弟 俳優

大森立嗣さんは1970年生まれの映画監督です。2005年の『ゲルマニウムの夜』で監督デビューし、『まほろ駅前多田便利軒』などの作品を手がけています。

大森南朋さんは1972年生まれ。俳優として映画やドラマに出演し、2001年の映画『殺し屋1』で主演を務めたことなどをきっかけに知名度を高めました。

つまり、父親は舞踏家・俳優、兄は映画監督、弟は俳優という、それぞれ異なる表現分野で活動する兄弟です。

大森南朋は父親に似ている?2026年の写真が話題に

2026年2月1日、大森南朋さんは自身のInstagramに父親との比較写真を投稿しました。

その際に添えた言葉が、次のものです。

そろそろ83歳の父親とそろそろ54歳の息子です

父親の麿赤兒さんと大森南朋さんの顔を並べた写真で、親子の近況を伝える内容でした。

翌2月2日には、ORICON NEWSやスポーツニッポンなどがこの投稿を報道。

ファンからは「似てますね」「やっぱり親子なんだなって」「似てきましたね」といった反応が寄せられました。

この写真で注目されたのは、単純な顔立ちの類似だけではありません。

長年、それぞれ別の分野で活動してきた二人が、同じ画面に並ぶことで、親子としてのつながりが改めて伝わったことも反響の理由と考えられます。

【徹子の部屋で明かした親子関係】幼少期の父親との思い出とは

大森南朋さんは2025年7月9日、テレビ朝日系の長寿トーク番組『徹子の部屋』に初出演しました。

番組では、父親の麿赤兒さんとの幼少期の関係について、これまでの家庭環境を振り返りながら話しています。

父親が家に帰るのは年に1回ほどだった

大森南朋さんによると、子どもの頃から両親は別居しており、兄とともに主に母親に育てられました。

父親は舞踏活動に専念していたため、家に帰ってくる機会は年に1回ほどだったといいます。

ただし、父親との交流がまったくなかったわけではありません。

別居中には、母親に連れられて杉並区・高円寺の喫茶店で父親と会っていたことも、番組でのエピソードとして報じられています。

父親に頭を噛まれた?独特すぎる親子エピソード

番組で特に印象的だったのが、父親との再会時のエピソードです。

大森南朋さんは、久しぶりに父親と会うと、膝に座るように言われ、まず自分が父親の腕に噛みつき、その後、父親から後頭部を噛まれたと振り返りました。

一見すると驚くような話ですが、母親は当時放送されていた動物番組『野生の王国』で、ライオンが子どもを育てる様子を参考にした行動だったと説明していたそうです。

この話に黒柳徹子さんも驚き、番組内で笑いが起きました。

大森南朋さんにとって、父親は一般的な家庭の父親像とは異なる、強烈な個性を持った人物だったようです。

また、幼稚園の頃から父親が身体を白く塗って舞台に立つ姿を見ていたため、友人から父親の職業を聞かれても説明できず、サラリーマンだと答えていたことも明かしています。

父親の現在は?83歳でも舞踏を続ける

2025年7月の『徹子の部屋』では、麿赤兒さんの近況についても話題になりました。

黒柳徹子さんから、現在も踊っているのかと尋ねられた大森南朋さんは、父親は今も踊っており、元気に活動していると説明しました。

加えて、2024年末には、来日していたマドンナさんが麿赤兒さんの舞踏公演を希望し、プライベート公演のような機会が設けられたという話を後から聞いたとも語っています。

そして2026年には、実際に大駱駝艦の公式サイトで麿赤兒さんの舞台活動が確認できます。

- 2026年4月7日・8日:チェリストのエリック=マリア・クテュリエさんとの公演に出演。
- 2026年8月8日:大駱駝艦の白馬村野外公演『夏の宴』で振付・演出・出演を担当。
- 2026年10月29日~11月1日:エリック=マリア・クテュリエさんとの公演『Alter Ego』を開催。麿赤兒さんも出演者として名を連ねました。

特に10月末の公演は、2026年11月4日時点で直近の舞台活動にあたります。83歳を迎えた後も、舞踏の第一線で表現活動を続けていることが分かります。

【プロの結論】大森南朋の父親を知ると見えてくる親子の共通点

大森南朋さんの父親を調べる際に、押さえておきたい要点は3つあります。

1つ目は、名前の読み方です。

麿赤兒は「まろあかじ」。本名は大森宏で、大森南朋さんの実父です。

2つ目は、父親の職業です。

麿赤兒さんは俳優だけでなく、1972年に大駱駝艦を創設した舞踏家・演出家でもあります。一般的な俳優のプロフィールだけでは、その活動の全体像を理解できません。

3つ目は、親子がそれぞれ独自の道を歩んできたことです。

父親は舞踏と演劇、兄の大森立嗣さんは映画監督、弟の大森南朋さんは俳優として活動しています。

同じ家族でありながら、表現方法はそれぞれ異なります。大森南朋さんの俳優としての個性を考える際にも、父親の舞踏家としての活動や、幼少期の家庭環境は興味深い背景です。

なお、父親に似ているという話題は2026年の写真への反響として確認できますが、顔立ちだけで演技や才能まで遺伝したと判断することはできません。

【大森南朋の父親・麿赤兒】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:大森南朋の父親は誰ですか?

A1:俳優・舞踏家の麿赤兒さんです。実の父親であり、映画や舞台で活躍する個性派俳優として知られています。

Q2:麿赤兒の読み方は何ですか?

A2:「まろあかじ」と読みます。「麿」がまろ、「赤兒」があかじです。

Q3:麿赤兒の本名は何ですか?

A3:大森宏です。芸名と本名が異なるため、大森南朋さんとの親子関係に気づかなかった人もいます。

Q4:麿赤兒は俳優ですか?舞踏家ですか?

A4:両方です。俳優として映画・ドラマ・舞台に出演する一方、舞踏家・演出家として大駱駝艦を率いています。

Q5:麿赤兒は2026年現在も活動していますか?

A5:はい。2026年10月29日から11月1日にかけても舞踏公演『Alter Ego』の出演者として公式サイトに掲載されており、83歳を迎えた後も活動を続けています。

Q6:大森南朋の兄は誰ですか?

A6:映画監督の大森立嗣さんです。麿赤兒さんの長男で、大森南朋さんの2歳年上の兄にあたります。

Q7:大森南朋と麿赤兒は顔が似ていますか?

A7:2026年2月に公開された親子の比較写真に対し、ファンから「そっくり」「似てきましたね」といった反応が寄せられました。

Q8:大森南朋は『徹子の部屋』で父親について何を話しましたか?

A8:幼少期の両親の別居、父親と喫茶店で会っていた思い出、父親に頭を噛まれたエピソードなどを明かしました。また、父親が現在も舞踏を続けていることについても話しています。

大森南朋さんの父親は、麿赤兒(まろあかじ)さんです。

本名は大森宏。俳優として映画やテレビに出演する一方、1972年に舞踏集団「大駱駝艦」を創設した、日本を代表する舞踏家の一人です。

2025年の『徹子の部屋』では、親子の独特な交流や幼少期の思い出が語られ、2026年2月には大森南朋さんが親子の比較写真を公開しました。

さらに2026年10月末にも舞踏公演に出演するなど、83歳になった現在も活動を続けています。

父親は舞踏家、兄は映画監督、弟は俳優。それぞれ異なる表現の世界で活躍する大森家の歩みを知ると、大森南朋さんの人物像もまた違った角度から見えてきます。

主な情報確認先:キャメルアーツ・大駱駝艦公式プロフィールおよび2026年公演情報、テレビ朝日『徹子の部屋』関連番組情報、ORICON NEWS、スポーツニッポン、日刊スポーツ、コトバンク、映画.com、日本映画監督協会。

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神汰 春人
デジタルマーケター 神汰 春人
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